只、その一言を貰えるだけで、どうしてこうも心穏やかになれるものか




















長々延々と軍議と書類の山に付き合わされて。やっと解放されたのは、日付が変わって既に何刻も過ぎた真夜中。
陽が昇るまでもうそんなに時間は無い。今日は堂々と寝坊してやろう、と。そんな事を企みながら自室の扉を静かに開く。
と、室内が仄かに明るい事に気が付いた。
「?」
まさか起きてるのか、と思うものの、その気配は全く無い。あるのは微かに耳に届く、規則正しい寝息だけ。
そっと足音を立てない様に歩み寄り、寝台を覗き込む。
すると其処には、本を開いたまま寝台に沈み込む、寝息を零すルックの姿があって。
くすり。思わず苦笑が漏れた。
サイドボードに灯された光源。本を読みながら待っていて、結局睡魔に負けた―――恐らく、そんな所だろう。
起こさない様に本を手に取りサイドボードに置く。布団から少し出た細い肩に毛布を掛け直して、そっと流れる髪を梳いた。
「…――ん」
漏れた声にぴたりと手を止める。もしや起こしただろうかと少々ひやりとしたものの、しかしそうではない様で。
微かな身動ぎの後、再び深くなった寝息にほっと安堵する。一時離れる名残惜しさを宥める様に、その滑らかな頬を一撫でして離れた。
夜着に着替えようと、腰帯を解きながら衣服を仕舞う棚へ向かう。布擦れの音も出来るだけ立てない様に着替え、夜着の上衣に袖を通し切ろうとした―――その、時。
「……ッ?!!」
ぐゎし! と。
背中の辺りの夜着を思いっきり掴まれ、堪らず後ろにつんのめりそうになった。
振り向けば、俺の服を掴んだまま俯いて寄り掛かってくる――…。
「……ルック?」
何とか夜着に袖を通し切り、腕を回して掴んでいる手を解かせる。
しゃがんで覗き込んでみると、ルックは閉じ掛け…というか既に目を閉じて、自分では支え切れないらしい体を預けてきた。抱き留めれば、ゆるゆると首に腕が回される。
と。
「……――お…か、……えり……」
耳元での消え入る様な呟きに、自然目が瞠られるのが判った。
顔を伏せるルックを見遣れば、相手は既に再度眠り掛け。
「…それ、言う為に起きて来たのか?」
わざわざ? と問うと、ルックは半分眠りながらこくりと頷く。そのままずるずると体の力が抜けていき、やがて再び規則正しい寝息を立て始めて。
気の抜けきったその様子に、思わずぷ、と吹き出した。
起こさない様に抱え直し、寝台に運んでそっと横たえる。灯りを吹き消してすぐ横に潜り込み、その華奢な体を腕の中に収めた。
「……ただいま」
安らかな眠りに就く、その耳元に囁く。
自分の帰りを待っていてくれるひと。
それが在るという事が。その一言を貰える事が。
この一言を言えるという事が、どんなにか嬉しい事だろうか。
嬉しさが心の平穏を呼ぶ。
その穏やかさの中で、促されるままに安らかな眠りに就こうか。
「…―――お休み」
自分の帰る、この場所で。



















39000hit灯月様リクでした。
カインルク、という以外に指定が無かったので、まぁ色々と好き勝手に。自然ほのぼの甘々になりました(笑)

因みにこのお話のポイントは、背中にへばり付かれるまでルックに気付かなかったカイン様だったりします。うふふ。



20030319up


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