それはとても綺麗な彩 そう、それだけを識っていれば きっと、赦されなくても生きてゆける 後衛の魔法兵団が敵軍の奇襲を受けた、と報告を受けた直後の事だった。 指示を出す暇も無く遥か後方で巻き起こった、それ。 嵐か竜巻かと思える程のそれは、俺だけには何処か酷く優しくて。 ――――あぁルックだ、……と、思った。 大地が、血で染まっていた。 辺りには無数の敵兵の死体。中には既に人の原形を留めていないものすらある。その中で帰還の為に慌ただしく動く兵士の一人を捕まえ、居場所を訊ねた。 「彼でしたら…」 兵士が言葉少なにある方向を指差す。その瞳に多少怯えが窺えたのは、多分気の所為ではないだろう。 これだけの死体の山をたった一人で作り上げた子供に対する、……恐怖と、畏怖。 「…―――ルック」 指し示された方へとゆっくりと歩み。やがて軽く丘を越え、景色が拓けた場所にルックは居た。 否、拓けた、というのは語弊がある。正しくは拓いた―――と言うべきだろう。 恐らく長年其処に立っていた筈の木々は、今や衝撃によって殆どが薙ぎ倒され、至る所に人の体やその一部、更には臓器すらも飛び散っている。 その中心に、ぽつんと、小さく、居て。 「……カイン……」 振り向いた姿は、これ以上無いって位に血で染まっていた。 若草色の法衣は赤く濡れて。白い肌には血がこびり付いて。薄い栗色の髪には血が滴って。 普通ならば、恐ろしいとすら思える姿。 なのに。 なのに何故、俺は。 ――――綺麗とすら、思えてしまうんだろう? 「……怪我は?」 傍に歩み寄って問えば、ルックは幾つか裂傷が刻まれ血が滴る右手を軽く持ち上げる。 「…これだけ。レックナート様の封印、無理矢理壊したから…」 途端、ふわりと風が舞った。 傷が治っていくのを視界に捉えながら、鼻をつく鉄の臭いに微かに目を眇める。 「……後は、返り血だよ」 目線は合わせないまま、ルックは小さくそう呟いた。 「それと、咄嗟だったから加減出来なくて。味方を何人か巻き込…っ?」 あくまで『魔法兵団長』として『報告』してくるその姿に少し苛立ち、顎に手を掛け顔を上げさせる。驚いた表情を見せるルックにそのまま口付けて。 「……っ…」 「…お前が無事なら良いさ」 触れるだけのキスの後にそう呟けば、ルックは呆れた風に小さく溜息を漏らした。 「そんな事言っちゃ、駄目だよ」 仮にも軍主なんだから、と続けるルックを無視して、血濡れた体を抱き締めに掛かる。と、慌てて抵抗してくるその様子に、俺は怪訝に視線を向けた。 「何だよ」 「…っ汚れるよ…」 至極当たり前な台詞に、自然くつりと喉が鳴る。 「今更」 最早、俺は既に救い様の無い位に血に塗れているのだから。 今更少し汚れたって、何も変わらない。 只、その赤がどんなに綺麗な彩なのかを識っていれば、……それで良い。 「カイ―――…」 抵抗を無視して抱き締めれば、ルックはやがて観念した風にそろそろと俺の背中に両手を回した。俺の胸に顔を埋め、ふぅ、と小さく吐息を漏らす。 「………化け物って、言われちゃった」 薄く微笑を浮かべてルックがぽつりと呟いた。 その微笑みが酷く、自嘲気味に思えて。 「どいつに言われた?」 「…どうして?」 顔を上げて問うてくるルックの濡れた髪を梳く。徐々に赤く染まっていく自分の指に、知らず目を細めた。 「……殺そうと思って」 くす、とルックから苦笑めいた微笑いが届く。 「…もう、とっくに死んでるよ」 どれがそいつなのかも判らなくなっちゃったし、とぽつぽつと続け、ルックはまた俺の胸に顔を埋めた。すり、と心地好さげに擦り寄ってくる。 「そうか」 「うん」 俺達は人殺しで。 勝者という名の大量殺人者で。 それでいい。 だって本当の事だ。 「…カイン」 「ん?」 ぽつりと呼ばれて視線を下ろす。そのまま見上げてくる翠蒼の瞳に捕らわれて。 「……もし本当に僕が―――…」 問い掛けられそうになった言葉を、キスをそっと落として遮った。 きょとんとするルックに、苦笑気味に微笑い掛けて。 「…ほんとは訊きたく、ないんだろ?」 そんな顔してる、と囁けば、翠蒼の瞳がゆるりと見開かれた。眉を寄せ、ぽすっと俺の胸に顔を伏せる。 そんなルックを、汚れるのなんて構わず更に抱き締めて。 人殺しでいい 罪人でいい ただ、その彩の意味を識っていれば 同じ様に識る、お前が傍にいれば ―――――俺はきっと、何に囚われる事無く、進んでゆける 終 ぶっちゃけ血濡れで人殺しなルックを書きたかっただけなんですゴメンナサイ…(おーい…) 割とグロめな表現が出来たのでは!と満足してたりしたんですが、時間が経ってから読み直してみると別にそうでもない?(笑) まだまだ精進あるのみですねー(でも当初から比較的気に入っている文の一つではある) 実はこの後の話も、2時代のルカ戦後と絡めて書きたい、とかずっと思ってたりするんですが…。…………(遠い目) 20030116up ×Close |