常に見られる生活が始まって、一体何日が過ぎただろうか。 「んで?」 現在、監視との名目でアレンに四六時中へばり付いているリンクが、無くなった紅茶を取りに席を立った一瞬の間。 その隙を突いて投げ掛けられた声に、アレンは朝食を掻き込んでいた手を止めてちらりと視線を上げた。口の中のワンタンメンをごくりと嚥下し、ナプキンで口許を拭って佇まいを正す。 目の前にはとっくの昔に朝食を終えたラビが、テーブルに頬杖を突いてアレンを見つめていた。 「何ですか?」 「そのク、マ」 ぴっ、と顔を指差され、アレンは僅かに顔を顰める。それがどうした、とばかりに言葉の先を求める視線を向けられ、ラビはアレンを指差していた手を下ろして頬杖を突き直した。 「顔洗ってた時の物言いじゃ、そう悩んでるって訳じゃなさそうじゃん。ホクロふたつの事も、どうもあんま気にしてないみたいだし? じゃあ何でクマなんだろーなー、と」 思って? に、と口の端を上げてそう付け足すラビに、アレンは一つ息を吐いて近くのサンドイッチに手を伸ばす。 「……別に。至極真っ当な理由ですよ」 「真っ当? 真っ当って?」 怪訝な顔をするラビをちらりと見遣り、決まってるでしょう、とアレンは断言して。 「欲求不満です」 ―――その時、二人の周囲の空気だけが、一時停止した。 数秒掛けて止まった空気から何とか脱する事が出来たラビは、口の端を引きつらせながらぎこちなく小首を傾げる。 「…………、……えーと、アレンさん?」 「何です?」 「その、欲求不満ってのは、具体的にどういう…」 「そりゃあ勿論性的な意味ですよ。ぶっちゃけて言うと神田とヤりたい。もっと露骨に言うなら神田とセックスしたい。キスして抱き締めて体触り尽くして舐め回して精液飲ん―――」 「ちょ、ちょちょちょっちょっアレンストップストップ!!」 アレンの淡い色の唇から紡がれるとんでもない内容の言葉に、ラビは慌ててアレンの口にみたらし団子を突っ込む事で彼の言葉を封じた。―――今気付いたが、どうもその目が据わっている。 アレンも朝食の席で話す話題ではない事に漸く思い至ったのだろう。不貞腐れた顔をしつつもみたらし団子をまぐまぐと食べる姿にほっと息を吐き、ラビは声を潜めてぽつりと呟いた。 「そりゃあ、傷がマシになったと思ったら即座にホクロふたつだもんな。時間取れなくても当然さ」 「あ、いえ。一回はしましたよ」 「…マジで!? いつさそれ!?」 「本部に帰ってきて、医療班で治療受けた後です。ほら、僕と神田が二人合わせて居なくなった時が一度あったでしょう?」 「ああ…」 二人が医療班の婦長に引きずられて戻ってきた時の光景を思い返しながら、ラビは何処か遠い目で相槌を打つ。既にラビの中では、婦長は最強の座に位置付けられていた。 「でも、あん時お前まだボロボロだったよな。………ユウも男だったんだなー。久し振りに会う恋人に我慢出来んかったんかー」 しみじみと呟くラビを、アレンはみたらし団子を頬張ったまま呆れた様子で見遣った。 「神田に斬られますよその発言。…というか神田は、僕の怪我を気遣ってキスとハグだけで済ませようとしてくれたんですけど」 でも僕の方が我慢出来なくて、つい押し倒しちゃったんです。 からん、とみたらし団子の串を皿に落としながらの発言に、ラビは心中で思う。 ―――ユウ、お前それで良いのか。まがりなりにも押し倒す方の役の筈なのに、そんな感じで良いのか。 「……師匠を探している間中、ずっと思ってたんです」 ふと、ぽつりと零れた呟きにラビは顔を上げた。 見れば、アレンはサンドイッチを齧りながら拗ねた様に唇を尖らせている。 「師匠を見つけて本部に帰れたら、神田に一杯抱き締めてキスして貰おうって。時間の許す限り一緒に居ようって。…やっと本部に帰れて、手が届く所に神田が居るのに……神田は隙を見て会いに来てくれるけど、でも―――これじゃ、生殺しだ」 すきなひとの、そばにいたい。 すきなひとと、いっしょにいたい。 すきなひとに、ふれたい。 そんな、人として当たり前の欲求すら満たす事が出来ない現状に、アレンはくしゃりと顔を歪めた。 珍しく感情を露骨に露にする少年にぱちりと瞬き、ラビはやがて小さく苦笑する。―――しょうがねぇなぁ、と。どこか温かみを感じさせる、そんな微笑だった。 不意に伸びてきた手にくしゃりと白髪を撫ぜられ、アレンはきょとんと顔を上げる。 「ラビ?」 「そんじゃ、このラビおにーさんがいっちょ一肌脱いでやりましょ」 「え」 「また今度、俺がホクロふたつの気を引いてやるからさ。お前はその隙にユウんとこ行ってこい。んで、好きなだけシケ込むなり何なりしてくるさ!」 ぱちん、とウインクと共に告げられた言葉に暫しぱちぱちと瞬き、アレンはやがてぱぁ、と喜色ばんだ。 ―――その顔を見れる事が、嬉しいと思う。 「有難う、ラビ!」 「ふっふっふ、存分に感謝するさ〜」 「します! すっごくします! 思いっきりします!!」 ふと胸に過ぎったその想いが、ブックマンとしての一線をあっさりと越えていた事に、その時のラビはまだ気が付いていなかったのだけれど。 終 138夜より。 この後、ルル=ベル様がいらっしゃった為、シケ込むのはまだまだ不可能になる訳ですね(笑) いやぁ、ペアルックも衝撃でしたが、引きずられてく二人はもっと衝撃でした…。ほんと何やってたんだ。 アレン様が非常に漢前ですが、これでも受です。神アレです。言い切ります(必死に主張) 20080126up ×Close |