少し早目に冬が来た感のある十一月のとある休日。
肌寒さを感じる中、自身の楽しみの一つである本屋廻りに興じていたラビは、四軒目から五軒目に移動する最中、ふと視界に入った漆黒の姿に反射的に声を上げた。
「お、ユウじゃん!」
手を上げて歩み寄ってくるラビに、神田は珈琲のカップに口を付けたままうげ、と眉を顰める。そんな反応を全く気にする事無く、ラビは本の詰まった紙袋をどさりと空いた席に下ろし、自分は神田の向かいに腰掛けた。
「どしたん? ユウがこんな店に入るなんて珍しいさ」
二人が現在座るのは、傍目にも小洒落た感のあるオープンカフェ。基本的に蕎麦以外は食べれればいい飲めればいい、の神田がこんな店に入る事はとても珍しい。
それを踏まえてラビが問うてみるも、神田は別に、と一言答えただけで珈琲のカップを再び傾ける。
「お前はまた本屋かよ」
「おう! これから五軒目に行くトコさ〜」
「じゃあさっさと行け」
「勿論行くさ。けどそ、の、ま、え、に」
にしし、と楽しげに笑って顔を近付けてくるラビに、神田は怪訝に眉を寄せた。
「…んだよ」
「ユウちゃん、先月お見合いしたってホント?」
ぴく、と神田のカップを持つ手が微かに震える。
その反応ににんまりと笑みを深めたラビに気付いてはっと我に返り、神田はちっと舌を鳴らした。
盛大に不機嫌な様子で顔を顰めながら、その切れ長の瞳でぎろりとラビを睨み付ける。
「………誰からだ」
「ん? リナリーさ」
「……あんの馬鹿……」
言うなってあれ程、とぶつぶつと文句を呟く神田を暫し楽しげに見つめた後、ラビはテーブルに頬杖を突いて軽く小首を傾げた。
「で? 何でまたいきなり見合いなんかしたんさ?」
「…したくてした訳じゃねェ。あの糞親父に無理矢理連れてかれたんだ。…………まぁ」
今は一応、感謝してるがな。
そう続けてぽつりと呟かれた言葉にラビはきょとんと目を丸くする。
感謝? 何で?
そう問いかけようとして、しかしその前に少し離れた所から声が上がった。
「神田!」
幼い声が上がると同時、駆け寄ってきた人物がぽすん、と後ろから神田に抱き付く。それを当然の様に受け止め、神田は手を伸ばして少し乱れたその髪をくしゃりと掻き上げた。
「走って来たのかよ」
「ちょっとだけ。遅れて御免なさい、待ちました?」
「別に」
素っ気無い、けれども神田なりの優しさを含んだ答えにその人物は顔を綻ばせる。そのままちゅ、と神田の頬に口付けて―――其処で漸くラビの存在に気付き、神田に向けてことりと小首を傾げた。
「…お友達ですか?」
「違う。偶然同い年に生まれた偶然中高と同じクラスで偶然大学でも幾つか同じ講義を取ってるだけの完全な赤の他人だ」
「ユウちゃん酷い!!?」
神田の余りの言い草に、目の前の光景に完全硬直していたのも忘れてラビは思わず突っ込む。
「いやいやオレらずっとつるんでるじゃん! お友達なんて贅沢は言わないからせめて腐れ縁とか!」
「じゃあストーカーだ」
「悪化!?」
二人の応酬をぱちぱちと瞬きながら見守った後、神田に抱き付いたままのその人物はやがてぷっと小さく噴き出した。くすくすと笑う様子に虚を突かれた様に思わず黙り込み、ラビはその人物をまじまじと見つめる。
白い髪に銀灰色の双眸。ついでに肌も真っ白な中、左頬に付いた大きな傷だけがとても鮮やかで、しかし同時に不思議な程にその存在に溶け込んでいる。
何処もかしこも真っ白な―――明らかに十五にもなっていないであろう、幼い少女。
彼女は少し苦労して笑いを押さえ込むと、ラビに向けてふわりと微笑んだ。
「初めまして、アレン・ウォーカーです」
「…あ、ラビっていうんさ。此方こそハジメマシテ。で、えっと…」
「はい?」
「その……アレンって、ユウの何…?」
長年一緒に居たラビでも、あんな甘い雰囲気を纏う神田は見た事がない。それ故の質問に、アレンは仄かに目許を染めて爆弾を投下する。
「婚約者です」
…………こん!!!??
「…おい、此処のケーキが食いたいっつったのテメェだろ。さっさと注文しろ」
「あ、そうでした!」
余りの衝撃に再び硬直してしまったラビをちらりと見遣った後、神田はアレンの意識をラビからケーキへと向けさせた。その意図通りにアレンは慌てて神田の横に座りメニューを手に取る。
やがてやって来た店員に注文するアレンを横目に、ラビは依然半ば硬直したまま神田に問い掛けた。
「……ユウちゃん」
「ファーストネームで呼ぶな。ちゃん付けもするな」
「…もしかして、先月の見合い相手って…」
「こいつだ」
「………ユウちゃん」
「だからファーストネームで呼ぶなちゃん付けもするな」
「…アレンって幾つ…?」
「来月で十三」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……ユウって幼女趣」
「ラビ」
己の言葉を遮る神田の声に、ラビはのろのろと顔を上げる。
―――そしてその瞬間、上げなければ良かったと心底後悔した。
「テメェも、源氏物語位読んだ事あるだろうが」
極上の微笑を浮かべてそうのたまった神田に、ラビはごん、とテーブルに頭を落として今度こそ撃沈する。
「まぁ犯罪に問われるのは御免だし、十五までは我慢するけどな」
「? 何の話ですか?」
「何でもねェ。それよりもう少し落ち着いて食え。映画は逃げねェよ」
「んー、でも立ち見は嫌ですもん」
「立ち見になりそうなら先にチケットだけ買って、一本後のにすりゃ良いだろうが」
「あ、そっか。どうせ今日は神田のマンションにお泊りですもんね」
そんな何処となく甘い雰囲気の会話を聞きながら。
(……十五でも充分法に問われる歳さ、ユウ…)
と、口に出しては突っ込めないラビだった。



















現代パロ。神田さん大学二年(二十歳)、アレン様中学一年(十二歳)。
思い付いたままに勢いで書いてみた(ていうか神田さんの「偶然同い年に〜」の台詞が書きたかっただけというか…)
あ、でも保護者了承の上なんだから、別に手ぇ出しても犯罪にはならないのかなぁ?

色々あって見合いする事になったけど保護者達はどうせ断るだろうと思ってて、でもいざ会ってみたら当人達は一目惚れしちゃいました、みたいな感じです(笑)



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