何故、などという問い掛けは酷く馬鹿らしく





ああ、かえる場所はいつの間にか


いつの間にか




















死んだ様な眠りに満ちた中で、アレンはふっと目を覚ました。
視線の先にある見慣れぬ天井に一瞬疑問を感じた後、ああ方舟から帰ってきたんだっけ、とぼんやりと納得する。
もそもそと起き上がって周囲を見回せば、辺りは夜の静寂。しかし余り痛みを感じない辺り体には麻酔の効果が残っているらしく、治療を受け倒れ込む様に眠りに落ちてからまだ其処まで時間は経っていない様だった。
目を覚ましたアレンに倣う様にもぞりと動いたティムキャンピーを、アレンは寝てて良いよとでも言う様にぽんぽんと撫ぜる。そうして寝惚け頭のままそっとベッドから抜け出すと、枕元にあったカーディガンを羽織ってドアへと向かった。音を立てない様にして一度病室の外に出て、しかし何故か少しの間の後取って返してくる。
困った様に病室の中を見回し、やがて見つけた目的の人物のベッドへと歩み寄って。
「神田」
空気を震わせない様にそっと呼び掛け、アレンは眠る神田の肩を軽く揺らした。疲れているだろうし中々起きないだろうか、と危惧したものの、幾度か揺すられただけで神田は眉を寄せて瞼を開く。
闇の中でも鮮やかな漆黒の瞳がアレンを捉えた。
「………んだよ…」
「トイレ行きたいです」
「…勝手に行け」
「場所が判りません」
不機嫌に返した言葉に困った風に返され、神田はふと不思議そうな表情を浮かべる。と、今居る場所が自室でない事に漸く思い至り、溜息と共に鈍い動作で起き上がった。
放置すれば、この方向音痴は十中八九廊下で迷うだろう。完全に覚醒していないようだから尚更だ。
長い髪を掻き上げながらカーディガンを羽織り立ち上がると、神田はぼんやりと己の行動を見守るアレンの手を取った。そのまま指を絡め、無言で病室を後にする。
病室とは打って変わって明るい廊下に出ると、神田は一瞬迷う様に立ち止まった。大部屋に収容されるといった経験が余り無く、道順を思い出すのに少々時間が掛かった所為だ。
しかし再び歩き出すと、神田は緩い足取りで迷いなく廊下を進んでいく。己の前を歩く彼の揺れる髪を、アレンはただただぼんやりと見つめていた。
と、ふと神田が立ち止まる。
その事にアレンが瞬き立ち止まるが早いか、神田は顔だけで振り返って顎をしゃくった。示されるままに視線を向ければ、其処には共用の手洗い場。
ぼんやりとしたままその中へと消えていくアレンの背中を見送り、神田は腕を組んで廊下の壁へと寄り掛かる。ふぅ、と息を吐けば重く感じる頭に、知らず手を持ち上げ親指で眉間を押さえた。
疲労困憊の割に眠りが浅くしっかりと休めていない気がする、と神田は心中で嘆息する。幾ら自室ではないとはいえ、アレンに起こされすぐに目が覚めたのがいい証拠だ。
そういえばモヤシもえらくぼんやりしてたな、と神田が考えていると、微かに耳に届く幾度かの水音の後アレンが手洗い場から姿を現した。眠たそうに目を擦りながらぺたぺたと下履きを鳴らし歩み寄ってくる。
「ちゃんと手ェ洗ったか」
手首を掴み目を擦るのを止めさせながらの神田の問いに、アレンはうん、と頷いた。とろんとしたその瞳に限界が近い事を悟り、神田は再び手を繋いで来た道を戻っていく。
やがて戻ってきた病室は、やはり死んだ様な眠りに満ちていた。
その中を静かに進み、神田は無造作にカーディガンを脱いで己のベッドに潜り込む。僅かに遅れて同じ様に潜り込んできたアレンを腕に受け止め、お互いをしっかりと布団で包んでからぎゅっと抱き寄せた。既に眠りに落ち掛けているアレンの額に口付けを落とし、神田も瞼を閉じる。
するとふと、微かな羽音が聞こえてきて。
その事に神田がゆっくりと瞼を上げるが早いか、枕元にぽとんとティムキャンピーが落ちてきた。ティムキャンピーは暫しもぞもぞと落ち着ける場所を探していたものの、やがて眠りに落ちた様に静かになる。
ゴーレムの中でも色々特別であるティムキャンピーだが、眠る事すら出来るんだろうか、と神田はぼやけ掛けた思考で今更な事を思った。しかし纏まらない思考にすぐにその考えを投げ、落ちそうになる瞼に逆らわず目を伏せる。
白い髪に顔を埋めて息を吸い込めば、鼻を擽る香りがもたらすのは―――どうしようもない安堵。
一瞬後に訪れた眠りは、深く、深く。










翌朝、クロウリーの腹の音で目を覚ましたラビは後悔した。
うっかり一番最初に目覚めてしまった事に後悔した。
そして隣のベッドにアレンが居ない事に気付き、捜してしまった事にも後悔した。
「…………」
目の前には、神田のベッド。
其処に横たわるのは、熟睡した神田。そしてその腕の中でやはり熟睡する、アレン。
神田の腕はしっかりとアレンの体に回されていたりして。
アレンは神田の腕を枕にしながら、その胸にぴたりとくっついていたりして。
もう何というか、傍目には恐ろしい程のバカップルである。
(……マジで?)
ラビは唖然と思った。
確かにもしかして? まさか? と思う事は時折あったものの、よもや本当にこの二人がこんな事になっているとは欠片も思っていなかったのだ。
二人は相変わらず熟睡したまま目を覚まさない。
既に何分も見続けているにも係わらず目を疑ってしまう様な光景に、ラビは途方に暮れてしまう。
(………どうしよ、これ)
結局ラビの苦悩は、十五分後に婦長がやって来るまで続く事になるのであった。



















要するにトイレ行って帰ってきて寝直す、というだけの話なんですが(身も蓋もない)

こんなのに萌える人ってまず居ない気がしますが………良いんだ、「手ェ洗ったか」って訊くオカンダさんが書きたかっただけだから(笑)



20090503up


×Close