「あ、神田」
外は真冬ながらも空調の程良く効いた談話室。
その片隅で幸せそうにおやつの時間を楽しんでいたアレンは、ふと入り口に見慣れた漆黒を見つけてその名を口にした。
と、無言でアレンに歩み寄ってくるその表情は、何処か不機嫌というか怪訝そうというか、とにかく微妙な表情だ。余りお目に掛かった事の無いその表情に、アレンは親指に付いた粉砂糖を舐め取りながら小首を傾げる。
「どうしたんです、そんな変な顔して。…というか何ですか、それ?」
遅れて気が付いた、神田の片手に収まる小さな包みにアレンは再度首を傾けた。
すると神田は微妙な表情は変えぬままぽつりと口を開く。
「先刻、廊下でラビに渡された。用途はお前に訊けだとよ」
「は? 僕?」
「大人のおもちゃ・初級編とか言ってたが」
ぶーっ! と周囲で幾人かが飲み物を噴く音がした。
そんな周りには構わず、神田はアレンに真っ直ぐに視線を向けて真顔で尋ねる。
「ところで大人が遊ぶおもちゃって何だ」
その問い掛けが談話室に落ちるが早いか、アレンは神田の腕をがっしと掴んで脱兎の如くその場を後にした。
愛する食べ掛けのおやつを談話室に残し、背後から聞こえる神田の抗議も無視して全力疾走で廊下を駆け抜け、やがて辿り着いた神田の自室に飛び込みばたん! と勢い良くドアを閉める。勢い付き過ぎたのかドアノブがちょっと、少しだけ嫌な音を立てた気がしたが、アレンは敢えて気付かない振りをした。
そのまま暫くお互いに息を整えていたものの、やがて我に返った様に神田は衝動のままに口を開く。
「テメェいきなり何しやが…!!」
「見せて下さい」
しかし最後まで叫ぶ前にアレンの右手がずいと差し出され、神田は思わずといった風に言葉を詰まらせた。どう反応を返そうか迷っている内に見せて下さい、と再度繰り返され、僅かな逡巡の後に渋々と手の中の包みをアレンに手渡す。
アレンは包みを開いて恐る恐るその中を覗き込み―――やがてがっくりと肩を落として項垂れた。
「……成程、確かに初級編……」
疲れた様なアレンの呟きに小首を傾げ、神田は今はアレンの手の中にある包みの中をちらりと覗き込む。
「何だ、このピンクの……機械か、これ?」
不思議そうな声に顔を上げ、アレンは怪訝な顔をして包みを覗き込む神田をそっと窺った。
付き合い始めて少ししてから気付いた事だが、神田は歳にしてはこういう―――所謂、性的な知識というものがかなり乏しい。それはどうやら、幼い頃から教団で過ごしてきたが故の弊害によるものらしかった。
アクマかもしれない女で勃つ訳あるか、という事で―――それにはアレンも同意見だった。アレンの様に判別も出来ない癖に平気で娼館に通えるクロスやラビの方がおかしいのだ―――外の娼館には行った事も無く。また訊いたところによると、教団内で女性と関係を持っても精々一、二回程度で、面倒を避ける為回数を重ねる事は無かったそうだ。
それではまぁ、そういう小道具を使う機会も無く普通のやり方しか知らないとしても―――逆にアレンからすれば、知識は無い癖に経験によるテクはあるのでそれがまた厄介なのだが―――当然だろう。
因みにラビは、そういう話題は神田より話が弾むデイシャとする事の方が多かったらしい。
取り敢えずラビ後でボコる、と溜息を吐きながら不穏な事を考えていると、ふと顔を上げた神田と目が合ってアレンは思わずどきりと心臓を跳ねさせた。
と、神田がかくりと首を傾け、漆黒の髪がさらりと流れる。
「……で?」
「……はい?」
「何にどう使うんだ、これ」
さらりと述べられた問い掛けに、アレンは自分が窮地に立たされている事に漸く気が付いた。というか、慌てていたとはいえ寧ろ自分から突っ込んでいったというか。
勿論包みの中のこれの使い方は知っている。
自分はあのクロス・マリアン元帥の弟子である。悲しいかな修行時代はそういう意味でも非常に濃かった。実際に使っている所を見た事だって何度もある。流石に自分で使用した事は無かったが。
しかし。
「…………」
―――しかし、自分が、神田に、これの、使い方を、教える…?
「……………………」
何だか物凄く有り得ない状況に、アレンはくらりと眩暈を覚え思わず沈黙した。その間も神田は包みを漁ってそれを取り出し、手の中でそれを検分し始める。
見た目ストイックな神田がそれを手にしている、という更に有り得ない状況に、アレンは眩暈が酷くなる心地がして額を押さえた。
と、アレンのそんな様子に、手の中のそれがどういった物かまでは判らずとも、どうやらアレンにとっては余り都合の宜しくない物である、という事を察したらしい。少しの間の後ふと口の端を上げ、神田はおい、とアレンに声を掛ける。
その声にアレンがのろのろと顔を上げると、神田は丸みを帯びたそれに形の良い唇を寄せ、薄く開いた其処から赤い舌を覗かせて。
「…―――教えろよ」
視線は自分に向けられたままちろり、と舌がそれに這う余りに淫靡な光景に、アレンは堪らず息を呑んで硬直した。
全身の血が沸騰するのを感じる。下肢から湧き上がるずくりとした衝動も。
アレンはごくりと喉を鳴らし、しかしはっと我に返ると最後の抵抗とばかりに顔を片手で覆って赤くなった頬を隠した。
「……キ、ミ……それがどういう方向性の物か判ってましたね…っ」
でなければあんな請い方をする筈が無い。アレンはまんまとしてやられたのだ。
悔しげな言葉ににやりと笑むと、神田は再度それにぺろりと舌を這わせた。
「まぁ、ラビが持ってきたからにはそういう時に使うもんだろうとは思ったがな」
で?
問うてくる声に、ちらりと視線を上げてアレンは神田を睨み付ける。
しかしそれも刹那の事。
次の瞬間には敗北宣言とばかりに勢い良く抱き付いてくる白い少年に、神田は満足げに口の端を上げてくつりと喉を鳴らした。



















日記より再録。

要するにアレです。ピンク●ータ●です(こらこらこら)
一応曲がりなりにも神田さんは年上なんですよ、というお話(笑)



20090330up


×Close