がら、ら。
ふと静寂の中で響いた音に、神田は視線だけを其方に向けた。
見れば、殆ど壊れてしまった建物の壁の一部が丁度地面に落ちるところで。神田はその様子を無感動に見届けると、六幻を鞘に収めてゆっくりと歩き出す。
吐く息は、白かった。
長い戦闘で汗ばんだ体を寒さが容赦無く冷やしていく。早く暖かい建物の中に入るなり何なりしなければ、幾ら鍛えているとはいえ流石に風邪を引いてしまうだろう。―――今回の任務のパートナーは、特に。
「おい、生きてるか」
暫く瓦礫の中を歩いて漸く見つけた背中に声を掛ければ、アレンは地面に座り込んだまま億劫そうに顔だけを神田に向けた。その顔は疲労が色濃い。
「…生きてます。大した怪我もありません。そっちは大丈夫ですか?」
「誰に訊いてんだ」
ぶっきらぼうに神田が返すと、アレンはそうですね、と微かに微笑ってゆっくりと立ち上がる。
「…―――報告で聞いてた数の、倍は軽く居ましたね」
「別に珍しい事じゃねェだろ」
「そうですけど」
流石に、終わり際はちょっとだけ恨めしく思っちゃって。
そう呟きながら唇を尖らせる様子は、十五という年齢相応の顔だ。いや、もしかするとそれより幼いかもしれない。
アレンが素直に見せる表情に、神田の胸の内に僅かに苦いものが込み上げた。
神田は、アレンより教団で過ごした年数が画然に長い。だからこそ知っている事がある。
自分達は、伯爵と戦う為の兵士だ。駒だ。
―――けれどそれ以前に。
自分達は、ヴァチカンの所有物であり。
人権すら持つ事の出来ない、モノ、なのだと。
「神田? どうしました?」
「…何でもねェ」
心配そうに声を掛けてきたアレンにぴしゃりと言い放ち、神田は知らず眉を寄せてしまっていた顔を相手から逸らした。そんな神田にアレンの右手が伸びる。
「でも、神田」
「何でもねェっつってんだろ」
不機嫌な様子で伸ばした手を取られ、アレンは困った風に眉を寄せた。
けれどふと、その表情が虚を突かれた様なものに変わって。
「あ」
ぽつりと零れた呟きに神田がちらりと視線を向ければ、アレンは顔を綻ばせながら左手で天を指差す。
「神田、フキョウノハナですよ」
不意にアレンの口から滑り出た癖のある日本語に一つ瞬き、同時に神田はその言葉を教えた夜の事を思い出した。
示されるままに空を見上げれば、其処には確かに舞い落ちてくる幾つものひとひらが。
「そういえば日本人って、一つの物事に幾つも名前を付ける事が多いって聞いたんですけど」
「……あ?」
「フキョウノハナ、以外に雪の名前ってあるんですか?」
問い掛けに神田は一つぱちりと瞬く。そのまま、余り考える事はせずに、促されるがままに口を開いた。
『…淡雪』
「アワ、ユキ?」
『風花』
「カザバナ」
『御降、細雪、玉塵―――…』
ぽつ、ぽつ、と。
囁く様に零されるのは、極東の国の雪々に名付けられた言の葉。
後に続く様に神田の呟きを繰り返していたアレンは、やがてそれを途中で止めると、耳は傾けたまま自由な左手を神田に伸ばす。
『……六花』
アレンの左手の指先が、神田の髪に付いた六花―――むつのはな、と呼ばれる雪の結晶を、そっと払った。
ふわり、アレンが微笑う。
「日本語って、響きが綺麗ですよね」
「…そうかよ」
「ええ、とても。それに、神田が話してるってだけで―――」
髪の雪を払った左手が下に下り、神田の下ろされたままの右手を掴み上げた。それをそのまま自分へと引き寄せ、アレンは冷えた指先に触れるだけの口付けを落とす。
「おとが、キラキラ輝いてる様な気がするんです」
「……っ―――…」
その時、胸の内に湧き起こった感情を―――何と呼ぼうか。
言葉と共に向けられた無邪気な微笑に一瞬息を詰めた神田は、すぐに衝動のままにアレンを引き寄せその体を抱き竦めた。神田の抱擁の中でアレンがぱちりと瞬く。
「神田?」
―――ああ、大丈夫だ。
そんな感情が、まだ自分の中にあるのなら。
この腕の中の少年が、世界をまだそんな風に見れるというのなら。
自分達は、兵士であり。
駒であり。
所有物であり。
モノであり。
けれど、それでも。
「神田…?」
それでも。
(おまえだけは、さいごまで、そんなふうにあればいい)


――――それでも、自分達は確かに、人間、なのだと。



















神田さんは、敢えて口に出す事で無理矢理自分を納得させる様な人な気がします。
戦争に犠牲云々と言う人にしては、行動の諸々にボロが出過ぎなんだよ神田さん!(アレンとかリナリーとかクロちゃんとか!)でもそんな貴方が大好き!!(笑)



20080107up


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