さぁ、カウントダウンを始めよう
[2/2]
深夜、静寂で満たされた廊下を靴音が足早に通り過ぎる。
高い位置で一つに纏めた髪を揺らしながら歩いていた神田は、ある一室の前でふと足を止めた。目の前のドアを一度見上げ、無造作に手を伸ばしてそれを叩く。
「……開いてます」
程無くして中から聞こえてきた声に、神田は躊躇する事無くドアノブに手を掛けドアを開いた。室内に素早く滑り込み、ドアを閉め、かちりと鍵を掛ける。
ゆっくりと漆黒の視線が巡った先には、ベッドの縁に腰掛ける白い少年が居た。クロス・マリアン元帥の弟子として、そしてエクソシストとしてこの黒の教団に本日入団した、アレン・ウォーカーと呼ばれる少年だ。
アレンは部屋に滑り込んできた神田を暫し真っ直ぐに見つめると、やがてゆっくりとした動作で立ち上がる。
両の手が、伸ばされて。
「……ユウ」
その喜びに満ちた声を聞いた瞬間、神田は弾ける様にアレンに駆け寄りその華奢な体を抱き締めていた。
「…―――モヤシ…」
呟く声にアレンですよ、と返しながらも、強い腕の力にアレンは嬉しそうに微笑う。抱き締めてくる腕の中でごそりと身じろぎ、傍にある形の良い耳にそっと囁いた。
「ユウ―――ユウ、顔を見せて」
少し名残惜しそうな顔をしたものの、神田はアレンの願いを聞き届けるべくそろりと顔を上げる。ほんの少しだけ腕の力を緩めれば、アレンが微笑みながら神田の両頬を掌で包み込んだ。すり、と撫ぜられる感触に神田が目を細める。
ふふ、とアレンが小さく微笑って。
「暫く会わない内に、おっきくなりましたね」
「半年…振り、位か」
「そうですね、その位かな。本当はもっと顔を見せに行きたかったんですけど、此処最近は中々隙が…」
するり、と節ばった指が頬を滑る感触にぱちりと瞬き、アレンが言葉を途切れさせた。
次いで、唇に落ちる温もり。
「…気が狂うかと思った」
「んッ―――…!」
ちゅ、と可愛らしく啄まれたかと思いきや、ぽそりと呟きが落ちると同時に深く口付けられ、アレンは思わずぎゅっと目を閉じてそれを受け入れる。
舌を吸われ、絡められ、口内を蹂躙され。遠慮無く貪ってくるキスに、アレンの足ががくりと砕けるのにそう時間は掛からなかった。神田は脱力したアレンをそっと抱き上げると、ベッドまで歩み寄ってその縁に腰掛ける。そのままアレンを膝に乗せて横抱きにする様にして抱き締めれば、アレンは不満そうにむぅ、と唇を尖らせつつも神田の胸に擦り寄った。
「ちょっとは上達したつもりだったんだけどなぁ」
「……テメェ、半年の内にどれだけ浮気してやがった」
頭上から降ってきた怒りを内包する静かな声に、アレンはぎくりと顔を強張らせる。誤魔化す様に慌てて神田の背中に手を回し、団服の生地を握り締めた。
「不可抗力だったんですから勘弁して下さい。それに、漸くあの馬鹿師匠とも離れられましたし」
もう、これからはキミだけですよ。
甘える様に上目遣いで見上げてくる腕の中の少年に、神田は暫し不満げに黙りこくっていたものの、やがて諦めた様に一つ嘆息する。不可抗力、というのも判らないではないのだ。
と、神田はふと思い出した様にアレンの左腕を取ると、其処に付けられた防具を取り去り肘の上辺りまで袖を捲り上げた。コムイの治療を受け、既に傷の残っていない赤黒い腕を検分しながら緩く吐息を漏らす。
「……大丈夫みたいだな」
門番の前で再会した時、どれだけその体を抱き締めたかった事だろう。
その衝動を堪え一撃を繰り出したものの、神田にはアレンを傷付ける気は当然欠片もなく、またその攻撃自体もアレンが余裕で避けれるものの筈だった。―――それを敢えて避けなかったのは、アレン自身だ。
「大した事ないですよ。…コムイさんの治療は、ちょっと辛かったですけど」
ふわりと微笑うアレンの左の掌に口付けながら、神田は鋭い視線を目の前の相手に向ける。
「―――どうだった」
問い掛ける声に、アレンは冷たく楽しげに微笑った。
「皆、しっかりと騙されてくれてるみたいです。まぁ、ユウの時も大丈夫だった事ですし、心配はしてませんでしたけどね」
イノセンスとノア。
対極でありながら同じである、双子の様なその関係性。
違うのは、そのベクトルが向かう方向。
―――その指し示す方向を誤魔化す事など出来ないと、教団の人間は本当に思っているのだろうか?
「僕が来ましたから、此処での生活もあと少しですよ。帰ったらゆっくり休みましょう。あ、ユウの部屋の掃除はちゃんとルルに頼んでありますから、安心して下さいね」
「お前の部屋でいい」
「駄目ですよ。一人で寝ないと疲れが取れない…」
ぎゅ、と抱き寄せられ、アレンはぱちりと目を丸くする。そんなアレンに顔を近付け、神田は額同士をこつりと合わせた。
「…お前の部屋がいい」
甘える様な囁きにぱちぱちと瞬き、やがてアレンは苦笑気味に微笑み神田の首に腕を回した。されるがままの漆黒の頭を引き寄せ、抱き竦めて自分の胸へと押し付ける。
「一緒に帰りましょうね」
「…ああ」
「二人で、一緒に」
「ああ」
「それから」
続く声に、神田がちらりと視線だけを上げた。
その視線に応える様にアレンは微笑む。
「キミが望むなら、彼女も一緒で良いですよ」
告げられた言葉に、漆黒の瞳がゆるりと見開かれた。
が、やがてすぐに気拙げに視線を落とすと、神田はアレンの胸に顔を押し付ける。
とく、とく、と。生きている音がした。
むずがる子供の様な態度の神田に、アレンはくすりと微苦笑を浮かべる。
「気付かれないとでも思ってたんですか?」
「……るせェ」
「まだ時間はありますから、答えは保留で良いです。取り敢えず今夜は」
今まで一緒に居られなかった分、いっぱいいっぱい抱き締めて下さい。
そう耳に吹き込まれた囁きに、神田はぱちりと瞬いて顔を上げた。照れ臭そうに、けれども愛おしげに見下ろしてくるアレンに口の端を上げ、応える様にゆっくりとその唇を塞ぐ。
それは、カウントダウンが始まった日の夜の事。
終
========
ノア神田×ノアレンでした。略してノアノア(…略?)
片方だけがノア化も良いけど、両方ノア化も良いかなー……と思って書いてみたら予想以上のベタ甘になりました。
何だコレ。
20090330up
Index