塵の行く末
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「ねぇ、ユウ? ラビを殺しちゃ駄目ですか?」
本部での待機中、ベッドの上で枕を背に読書に勤しんでいた神田は、不意に腰に抱き付かれ投げ掛けられた問いに頁を捲る手を止めた。
そのまま僅かな思考の後に動きを再開しつつ、小さく一つ息を吐く。
「駄目だ」
「何でですか?」
「ブックマンは一応殺すなって言われてただろうが」
「ラビは跡継ぎであって、厳密にはまだブックマンじゃないですよ」
「屁理屈捏ねるな」
「駄目ですか?」
「千年公に叱られるぞ」
「千年公はそんな事で僕を叱ったりしません」
「…………」
確かにそうかもしれない、と神田は思った。彼はとにかくロードとアレンに甘いのだ。
だがしかし、ともう一つ嘆息しつつ、神田は本から視線を外して己の腰に抱き付いたアレンを見下ろす。手を伸ばし、先程からの物騒な発言に反して親に菓子を強請る様な表情で見上げてくる少年の前髪をくしゃりと掻き上げ、そのまま露になった白い額にちゅ、と口付けた。銀灰色の双眸が擽ったそうに細められる。
「そもそも、何で殺してェんだ」
「ユウをファーストネームで呼ぶからですよ」
問い掛けに即座に返された答えに、神田の漆黒の瞳がぱちりと瞬いた。
その反応を見届け、アレンは神田の腰に抱き付く力をきゅう、と強める。
「キミをユウって呼んで良いのは、僕達だけでしょう?」
その通りだ。神田は心中で即座に肯定した。
厳密に言うならば、その名を呼ぶ権利を持つのはアレンのみだ。
呼ぶ事を許容しているのは家族達だけだ。
ラビが生きているのは、ただ単に千年公に言い付けられているから。神田にとってはそれだけに過ぎない。
「……モヤシ」
「アレンですってば」
反論しつつも、アレンは伸びてきた手に促されるままに体を起こして神田の膝を跨ぐ。首に腕を回して抱き付けば、漆黒の絹糸が頬を擽った。
「ねぇ、ユウ。どうしても駄目?」
「…止めとけ」
ぽふぽふと頭を撫ぜられながらの返答に、アレンはぷぅ、と頬を膨らませる。
きゅ、と腕の力が強められるのに小さく苦笑しながら、その代わり、と神田はアレンの耳元に囁いた。
「半殺し位までなら、後で叱られても弁護してやる」
続けられた譲歩の言葉に、アレンがぱっと体を起こして神田と視線を合わせる。
「本当ですか?」
「ああ」
「半殺し?」
「ああ」
「…死ななきゃ、いい?」
「………加減は忘れるなよ」
小さな嘆息と共に告げられた肯定の言葉に、アレンはふにゃりと嬉しそうに微笑んだ。きゅっと再び首に抱き付きながらはしゃいだ声を上げる。
「半殺しって事は、今はまだ駄目ですね。此処を出て行く時が良いかな。ラビってブックマンの跡継ぎの割には精神的に打たれ弱いから、随分とショック受けてくれそうですよね」
「…お前、最近ロードに感化されてきてねェか」
「ええ? そんな事無いですよ!」
でも本当に楽しみですね、ユウ。
嬉しそうにそう言いながら、アレンは甘える様に神田の肩に擦り寄った。くすくすと鼓膜を擽る微笑い声に微かに口許を緩めつつ、神田は白い少年をそっと抱き締める。
神田にとってはどうでもいい事だ。ラビの命も、黒の教団も。―――千年公も、ノアも、戦争も。
全てが塵に等しく、もしくはそれ以下に過ぎない。
「モヤシ」
「アレンで…」
「アレン」
ぱちり。
銀灰の瞳が大きく瞬き、驚きも露に神田を見つめた。そんなアレンの仕草に楽しげに喉を震わせ、神田は顔を寄せて唇を重ねる。
「…―――ん……」
神田にとってはどうでもいい事だ。ラビの命も、黒の教団も。千年公も、ノアも、戦争も。
全てが塵に等しく、もしくはそれ以下に過ぎない。


アレンという存在が己の腕の中に在る事、それだけが神田の全てなのだから。
















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ノア神田さんはアレン様をたまに名前で呼びます。主にベッドの中で(うわぁ)
なのでアレン様は驚いてるんですね。

因みに通常バージョンの神田さんはベッドの中でも呼びません(笑)



20090330up


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