朝の光の中、さらり、と薄茶の髪が節ばった指の間を擦り抜けていく。
「……って事があったの、覚えてる?」
背中の中程まで伸びた髪を纏めつつ、カインははて、と首を傾げた。慣れた手付きで一つに編んでいきながら、過去の記憶を反芻していく。
「統一戦争中だよな?」
「うん」
「………、…あ――…?」
そんな事もあった様な、無かった様な。
そう曖昧に答える背後からの声に、ルックはくすくすと小さく肩を揺らした。
あんな些細な出来事、思い出せなくても無理はない。ルックとて今朝夢に見るまで、すっかり忘れていた位なのだから。
「…で、それがどうした?」
編んだ髪の端を結い紐で結び、カインは終わり、とルックの肩を叩く。それにありがと、と返しながら、ルックは背後のカインを振り返った。
ふわりと微笑んで手を伸ばし、指の背でそっとカインの頬を撫ぜる。
「あの時のカインの言葉が、今なら理解出来るなって」
泣いて、笑って、全力で生きて。
様々な柵に囚われてしまっている自分達には、きっともう出来ないであろう生き方。
だからこそ眩しくて、羨ましくて。
どうしようもなく―――愛おしい。
「……言ってる意味がよく判んねぇ」
釈然とした物言いと表情は、思い出せていない所為もあるだろうし、ルックの言葉が足りていない所為もあるだろう。
けれどこれ以上詳しく説明する気にはなれず、ルックは代わりとばかりに宥める様にふわりとカインの頬に唇を寄せた。
「良いんだよ」
カインはちゃんと知っている。
今までルックと共に歩んできたからこそ、ちゃんと判っている。
その事をルックは知っている―――だから、それで良いのだ。
「そろそろ行こう。もう自分達で起きてるかもよ?」
寝台の端に下ろしていた腰を上げ、カインの手を引きながらルックは促した。そんなルックの様子に追求を諦めた様に苦笑気味に一つ息を吐き、カインは同じ様に腰を上げる。
歩き様に視線を遣れば、時計の針は普段より少し遅い時間を指していた。
「あぁ…確かにもう起きてるかもな。もう少しして一人で起きられる様になってきたら、そろそろ部屋を分けてやっても良いかもな」
「僕、その辺りはよく判んない。任せる」
「んー…、俺もその辺りはいまいち…。……後でエルにでも訊いてみるか?」
「でもエルって、戦争中も偶にナナミと一緒に寝てなかった?」
「……そういやそうだな。あれ? あいつ、あの頃ってもう十五過ぎてなかったか?」
「十六じゃなかったかな」
お互いに首を傾げつつ、二人は連れ立って寝室を後にする。
目的地への道すがら、交わされる会話はあっという間に過去から現在へと移り変わって。
そうして訪れるのは、掛け替えのない今日この日。
幸福な、一日。
終
========
数段程段階をすっ飛ばして統一戦争後です(ぎゃふん)
いや…つい…。
ネタバレが微妙な感じですね。てへ。
20081005up
△Index