【焦燥を溶かす声】
不覚にも、自覚したのはそれが初めてだった。
僕が潜り込んだ寝台の端に腰掛け、髪を拭くカインの裸の背中。細いながらもしっかりと筋肉の付いたそれを何とはなしに見つめていて、唐突に思い至った疑問。
――――僕以外に一体どれだけの人が、この背中に手を回したんだろう。
「…………」
考え付くと、もう止まらない。
何人が、この背中に触れたのか。
手を回して。この背に、肩に。
爪を、立てたのか。
「………? …何だ?」
自然伸びていた指先がその背中に触れて、カインが不思議そうに首だけで振り返る。
もやもや、もやもや。今は僕だけを見つめる紅い瞳を見ても、胸の内から湧き起こる焦燥にも似た感覚はどうにも治まらず。苛立ちを伝える様に触れた背にかり、と爪を立てた。
と、そんな行動に走る僕を見てどう思ったのか。カインは一つ瞬いた後、体ごと振り返って背に触れていた僕の手を取ると、そのままゆっくりと覆い被さってくる。
ゆるり、顔が近付いて。宥める様に、ちゅ、と唇に幾度も温もりが触れた。
「……どうした?」
指先で頬を擽られながら問われる。
何処か面白がるようなその声色に思わずむ、としたものの、指先で慰撫される心地好さには抗えず。僕は一つ息を吐くと、素直に心情を吐露する事に決めてカインを見上げた。
「…カインって」
「うん?」
「僕以外に何人の人と、こういう事したのかなって」
思って。
そう呟く様に告げれば、カインは面食らった様にぱちぱちと目を瞬かせる。が、やがて幾許か視線を彷徨わせると、ちゅ、と触れるだけのキスを一つ落としてきた。
「今は、お前だけだけど」
「答えになってないよ、それ」
誤魔化す様な声に即座に突っ込むと、カインはうっと言葉を詰まらせる。そのまま困り果てた様に考え込んでしまうカインを見上げ、僕は首を傾げた。
「言えない?」
「いや、そうじゃなくてだな…」
曖昧に答えるカインをじっと見つめれば、カインはやがて根負けした様に溜息を零す。肩を竦め、ずるずると僕の胸に頭を預けた。
「……不特定多数過ぎて、俺もさっぱりなんだよ」
ぱちり。
ぽつりと呟かれた告白に、一つ瞬く。
「それって、多過ぎて判んないって事?」
「…まぁ、そうだな」
「…………」
ばつが悪そうに答えるカインに、更なる焦燥が湧いた。
(……たくさんの、ひとが)
この肌に。
この温もりに。
カインに、触れた。
その事実、が。
「……っ?」
ふと、無意識に噛んでいた唇を啄まれ、誘われる様に顔を上げる。
見れば、いつの間にやら体を起こしたらしいカインが、微苦笑を浮かべて此方を見下ろしていた。
するり、親指で頬を撫ぜられる感触。
「今と未来は全部やるから、過去は勘弁しろ」
ちょっと情けなさそうに。けれども穏やかに告げられた言葉に、ぱちりと目を瞠る。
「ぜんぶ?」
「そう、全部」
「本当に?」
「本当に。何ならこれから証明してやろうか?」
言うが早いか首筋に顔が埋められ、擽ったさにひゃ、と肩を竦めた。ぬるりと舌が這う感触と、次いでちくりと響いてきた小さな痛みに、自然体がぴくりと反応する。
圧し掛かってくる重み。伝わってくる体温。
それら全てが今後全て僕のもの―――そう肯定したカインの言葉に、焦燥など何処へやら、胸が自然高鳴って。
「……うん―――して」
きゅうっと抱き付いてそう囁けば、耳の傍で密かに微笑う気配。
後は夜の帳の中、与えられる熱にくるくると踊らされて。
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最初はカインルーのつもりで書いてたんですが、気付けばカインルクに。
ルックとルーちゃんは微妙に口調が違うんですけどね…(苦笑)
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