【漆黒】
貴方は遂に、共にいこう、とは言ってはくれなかった。
その事が今でも少し哀しくて、とても嬉しい。
「………な、……に―――やってんだ、あんた」
唖然とした声が、鼓膜を揺らした。
艶やかな漆黒の髪を指先に捉えたまま視線を落とせば、己の瞳に映り込むのは呆気に取られた紅い双眸。血の色の様なそれを見下ろしながら、自然違う、と思考する。
違う。
違う。
この目の前の漆黒が真の闇の漆黒ならば、己が望んでいるのは夜の海に落ちる漆黒。
彼の髪はもっと硬く、こんなに柔らかな感触をしてはいなかった。
「……色が似ていても、こんなに違うものなのだな」
「は?」
例えるならば、夜の海に静かに木霊するさざ波の様な。
そんな風に優しかった彼は、遂に最後まで共にいこう、とは言ってくれなかった。
一言いこう、と言ってくれたなら、きっと容易く全てを捨てて共にいっただろうに。それでも彼は頑なにその一言を口にはしなかった。
その事が少し哀しくて、とても嬉しい。
何百年と経った今でも、躊躇う事無くそう言える。
「―――っ、ちょ」
目の前の紅い瞳が、ぎょっと見開かれた。
唇に触れた質感の違いに落胆を感じつつも、淡い期待を胸に抱く。
願わくば。この無関係の漆黒から、遠い所に居る貴方へ。
己の心の中心を形作るこの想いが、どうか伝わらん事を。
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トロ4基本姿勢……のつもりが訳が判らなくなった…!(汗)
「いこう」はどの漢字ででも。「行こう」でも「往こう」でも「逝こう」でも。
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