【渇風の逝く空】
きれいななみだ
まるで、後戻り出来ない自分を繋ぎ止める様に
一陣の、乾いた風が、吹いた。
戦の風だ、と少年はふと思考する。己が想う少年―――ルックが纏うものとは違い過ぎるそれを肌に感じながら、静かに目を閉じた。
「何をしている? 構えるがいい」
不意に、少し離れた場所から男の声が投げ掛けられる。かつては父子と呼び合ったとは思えぬ程の、厳しい声。
しかしそれこそが、少年が男を一番尊敬するところでもあった。
何があろうとも軍人で在ろうとする、揺るぎない精神。
―――その期待に応えようとした日々は、もう遠いけれど。
「その前に、一つ」
自分の声が酷く柔らかい事に少し驚きつつ、少年は言葉を続ける。
「……グレミオが、死にました」
男の表情が、微かに動いた。
「それがどうした? 戦に関わる事になったのならば、死は避け切れぬ現実。…ただ、哀悼を示すのみだ」
男らしい言葉に少年は僅かに苦笑する。真っ直ぐなところが羨ましくて、何故そんな所が似てくれなかったのかと、天の采配を少し恨んだ。
「貴方ならそう答えると。……ただ」
懐かしい日々を思い返す様に、少年は目を伏せる。
「多分、あいつが居たから、俺はいつでも独りにならずに済んだ。貴方があいつを俺の傍に置いてくれたお陰で」
ルックに再会するまで、あの存在だけが、己の中の不安から目を逸らさせてくれていたのだ、と。少年は今になって思い至った。
それは確かに、一時凌ぎに過ぎなかったけれど。けどそれが無ければ自分は一体どうなっていただろうか。
「だから、感謝を。―――父上」
す、と、少年が頭を下げて。
「…―――有難う、御座いました」
その一礼に、男が微かに目を細めた。
やがて静かに目を閉じると、またその瞼を開き空を仰ぐ。
天は、総ての揺らぎを拒絶するかの如く、青く、蒼く、清んでいた。
「……変わったな、カイン」
酷く柔らかく、久方振りに男に呼ばれた事に、少年は驚いて顔を上げる。
「以前のお前はそんな瞳はしていなかった。どうやら私が長い間やり得なかった事を、容易に成し遂げた者が居る様だ」
父、の顔をして、男が微笑った。
「感謝しよう。私の自慢の息子の心を開いてくれた、その者に」
――――気付かれていた。
その事に、驚愕が少年を襲った。けれどその衝撃に少年が心揺らす暇も無く、男の表情に不意に厳しさが戻る。
「話は終わった。構えよ。今の我等に縁しは無い。…後はただ―――剣相俟みえるのみ」
付け入る隙の一片たりとも無いその言葉に、少年が一瞬息を詰めた。
もう戻れない、と。
最初から判り切っていた事を胸の内で反芻する。
目を閉じて。
遥か後方、今の自分を見守っている筈のその存在を一度だけ想い返した。
大丈夫、と己に言い聞かせ、解放軍の軍主として目を開く。
目の前の敵を見据え。
棍を構え。
そして。
「…―――参る」
――――また、乾いた風がひとつ、吹いた。
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ちょっとごそごそやってたら、ファイルを発見しました。ファイルの作成日時、何と2005年(大笑)か、書いた記憶が無い…!
折角なので手直しして出してみます。
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