「……神田」
ぽつり、呟いた名が静寂に溶ける。
微動だにしない神田に焦れた様に目を細め、アレンは包帯の巻かれた右手を伸ばした。
しかし、その右手は神田に届く事無く宙を切る。
「カン―――」
声が、途切れた。
体に回された腕。
抱擁と呼ぶには強過ぎる力。
抱き締めるというよりは―――まるで、縋り付かれている、様な。
「…神田」
じわりと伝わってくる温もり。
耳の傍で聞こえる呼吸音。
胸の辺りから響いてくる、いきている、おと。
「神田」
それは、焦がれていたもの。
求めていたもの。
狂おしい程に望んでいたもの。
「神田」
ああ、だれよりもいとしいひとが、ここにいる――――。
「………この、大馬鹿野郎が…!」
傍で聞こえた慟哭の様な呟きに、目許が熱くなる心地がしてアレンは唇を噛み締める。
ごめんなさい、と。
片手で団服の背中を握り締めながら、掠れた声で漸く呟いた。
「…僕の事、コムイさんに聞いたんですか?」
「……ああ」
いつの間にやら床に座り込んでいた神田の足の間に腰を下ろした状態で、アレンは神田の胸に頭を預けていた。抱き締めてくる腕に心地好さを感じつつ、傍に流れている黒髪を右手で弄ぶ。
「何て?」
「…生死不明」
ぽつりと返された答えにアレンは困った様に微苦笑を浮かべた。
期待も出来ず、絶望も出来ず。
それは多分一番、もたらされるには辛い情報だ。
「神田は、今はティエドール元帥の護衛中なんですよね?」
「ああ」
「これから何処に?」
「さぁな。状況にもよるが―――多分、日本に入国する事になるんじゃねェか」
「あれ、偶然ですね。実は僕の師匠も今、日本に居るらしいんです」
リナリー達は既に向かいましたから、もしかしたら向こうで会うかもしれませんね。
そう言って微笑うアレンに、神田はぴくりと片眉を上げる。
不意に伸びてきた手に顎を掬われ、覗き込んでくる漆黒の双眸に、アレンはぱちくりと目を瞬かせた。
「神田?」
「お前は」
「はい?」
「お前は、どうなんだよ」
少しの間きょとんとするも、神田の言いたい事をすぐに察したアレンは、くすりと微笑って膝立ちになる。そのまま右腕で神田の頭を抱き込み、艶やかな漆黒の髪に頬を擦り寄せた。
「勿論、さっさと左腕を取り戻して追い掛けますよ」
するりと首に腕を回し、アレンは神田の顔を覗き込む。
「だから待ってて下さいね、神田」
挑む様ににっこりと微笑い掛けるアレンに、しかし神田ははっ、と口の端を上げて笑った。
「誰が待つかよ」
予想外の答えにアレンがぱちくりと目を丸くする。
そんなアレンの様子に更に可笑しげに笑い、神田は白髪に手を伸ばして少年の頭を引き寄せた。
「俺は待ってなんてやらねェ。だからテメェが全力で追い掛けてこい、馬鹿モヤシ」
くん、と更に引き寄せられ、重なる唇にアレンは反射的に目を伏せる。
久方振りの口付けを深く味わい、堪能し。漸く離れた唇に弧を描かせ、アレンは艶やかに微笑って。
「望む所ですよ」
それから、モヤシじゃなくてアレンです。
そう、もうお馴染みになってしまった台詞を吐きつつ、アレンは再びキスを交わすべく神田に顔を寄せたのだった。
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感想の時に書いてた、『もしティエドール元帥一向がアジア支部に寄っていたら』の妄想の結果です。こんな感じになりました(笑)
神田意外と難しい。何処が難しいって、台詞の何処に片仮名を使えば良いのかいまいち判らない!(笑)単行本と睨み合いっこしつつ頑張りました。てへ。
以下オマケ↓
神「……何かお前、口ン中鉄臭ェぞ」
ア「え? ああ、先刻キミに殴られた時に切りまして」
神「…………」
ア「別に謝らなくて良いですよ? 殴られて当然な事しましたしね」
神「…じゃあ」
ア「はい?」
神「謝る代わりに、好きなだけ消毒してやるよ(にやり)」
ア「……神田って、偶に親父入りますよね…(照)」
神「何か言ったかよ」
ア「いいえ何も?」
更にオマケ↓
テ「あ、あの子が…誰にも中々心を開かなかったあの子が…!(滂沱)」
マ「…………」
バ「しかしあの二人がこういう関係だったとは…。意外だ」
フ「ていうかいつまで二人きりにしてりゃあ良いんだよ! あたしが帰れねぇじゃねぇか!(怒)」
―――二人きりにはして貰えたものの、ばっちり監視ゴーレムを通して一部始終を見られちゃってる二人でした(笑)
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