【もとめるもの】
「神田」
最低限の物しか置かれていない殺風景な部屋。その室内に、成長しきっていない少年の声がぽつりと落ちた。
ベッドに足を投げ出し、自分が持ち込んだ物ではない大型のクッションに背を預けていた神田は、自分の名を呼ぶ声に半分以上閉じ掛けていた瞼をゆっくりと押し上げる。かくりと首を擡げて視線を遣れば、神田の後ろに陣取っていた少年―――アレンが、覗き込む様に見下ろしてきた。
無言で続きを促す漆黒の双眸に、同じく漆黒の髪を櫛で梳いていた手を止めてアレンは首を傾げる。
「先刻の、食堂でラビが言ってた事なんですけど」
「ンだよ」
「亭主関白ってあれですよね。奥さんが黙って旦那さんの三歩後ろを歩く、って奴ですよね?」
……ちょっと、違う様な。
そう内心思いはしたものの、訂正するのも面倒臭く、神田は何も言わずに沈黙を保った。するとその沈黙を肯定と受け取ったのか、アレンは更に神田の顔を覗き込んでくる。
「したいですか?」
「……あァ?」
「ですから、亭主関白。神田もしたいですか?」
一体何処をどうしたらそんな考えに至るのか。
自分を見下ろしてくる、何処か面白がる様な色を含んだ銀灰色の瞳に、神田は鼻白む様に一つ瞬いた。
思わずアレンの言葉のままに想像を働かせ、その整った柳眉をく、と微かに顰める。
亭主関白。
――――自分が、モヤシに?
「……神田?」
暫し考え込んでいたものの、不意にくっ、と喉を鳴らした神田にアレンはきょとんと目を瞬かせた。不思議そうに見つめてくる幼い視線に、神田は再び漆黒の瞳を向ける。
口の端を上げて不敵に微笑い、挑む様に、半ば睨み上げる様に白い少年を見つめて。
「そんなテメェには、興味は無ェな」
常に己を立てる存在など断固同断。
欲しいのは、求めたのは隣に立つ者。
傍に立ち、同じものを見、背中を預けられる相手。
三歩引いて付いてくる存在など、一体何の価値があるというのか―――。
そう、暗に告げてくる漆黒の双眸に、アレンはぱちりと一つ瞬き神田を見下ろした。
と、暫しの間の後、ふわりと顔を綻ばせて嬉しそうに微笑む。
やがてアレンの白と赤の手が、神田の両頬を包み込んで。
「だから僕は君が大好きですよ、神田」
そうしてちゅ、と可愛い音と共に額に落ちた柔らかい感触に、神田は満足げに口の端を上げて小さく微笑った。
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本当はこの話の前に、アレンとラビが亭主関白について色々言い合う話が一つ入るんですが。先にこっちを書いて満足してしまった所為か、アレ+ラビの方が一向に書き上がらず…(阿呆)いい加減面倒になって上げちゃいました。てへ(てへじゃねぇ)
神田さんがアレン様に髪を好き勝手させるのってかなりもえだと思う…。
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