【優しい程に残酷な】





帝国に今年初めて振る粉雪が、ちらちらと視界を踊る。
異国の聖人の誕生日に託けての宴が解放軍で催された翌朝。酔い潰れた人々が溢れる本拠地を誰にも言わずに後にしたルックは、転移でとある場所へと訪れていた。
「…………」
さく、り。薄っすらと雪化粧された枯れ草を踏み、ルックはゆるりと顔を上げる。視線の先には、今や誰も住む者が居なくなった小ぢんまりとした館が一つ。
鍵すらも掛かっていない扉を開けると、ルックはそろりと館の中へと滑り込んだ。勝手知ったる埃っぽい建物の中を進みながら、一体何をしているんだろう、と小さく嘆息する。
此処は、彼と出逢った場所。
彼と、短くも長い時間を過ごした場所。
此処から彼が突然居なくなってしまったあの時、胸に押し寄せた絶望はどれ程のものだったろう。気付けばルックは彼の弟に天間星として仕え、彼は帝国側の奥深くに、自らの意思で囚われてしまっていた。


『―――クリスマス?』
『の、次の日な。当日は流石に無理だけど、その翌日なら都合付いたんだとさ。お前も来れるか?』
『大丈夫…だと、思うけど。何するの?』
『別にこれといっては…。まぁ、食って飲んで騒ぐって感じか? ―――あぁ、そうだ。ケーキ作ってやるよ』
『ケーキ?』
『クリスマスといえばケーキだろ。リクエストあるか?』
『…っ、じゃあ、チョコレートのが良い!』
『了解、チョコレートだな』
『絶対だよ』
『判った判った。約束、な』


―――そして、約束は結局果たされる事の無いまま。
この日、この場所へ訪れた理由をルック自身もよくは判っていなかった。感傷か、期待か。どちらにしろ先にある虚無が容易に予想出来、ルックは己の哀れさに思わず苦笑する。
そのままかつて食堂として使われていた部屋へと足を踏み入れ、―――ふと、足を止めた。
「……何、これ」
何とか歩みを再開し、部屋の中心にある埃の積もった机に歩み寄り、ルックはぽつりと呟く。
目の前には白い、両手で持てる程の小さな箱。以前来た時にはこんな物は無かった筈だ。
暫し警戒も露に逡巡し、やがてルックはそろそろとその白い箱へと手を伸ばした。慎重な手付きで箱を開き、中を覗き込む。
ふわり。ふと鼻腔を擽る甘やかな香り。
そうして視界に入った箱の中身に、絶句した。
「――――ど、こ」
ぽつ、り。
静寂の中で、零れた呟き。
「……っ、カイン…!!」
箱を覗き込んだ態勢のまま硬直していたルックは、不意にばっと身を翻すと、急いた様子で館中を駆け回り始める。
「カイン、何処―――ねぇ…!!」
泣く様に叫びながら駆けずり回って。
部屋という部屋を探し尽くして。
しかし館に自分以外誰も居ない事を悟ると、やがてルックは力が抜けた様にその場にへたり込んだ。床から這い上がってくる冷気に唇を噛み、歪みそうになる顔を隠す様にくしゃりと前髪を掻き上げる。
「……―――ッ…」
違う。
違う、そうじゃない。
欲しいのはこんなものじゃない。欲しいのはたった一つ。欲しいのは、かつて当たり前の様に手に入れられると思っていたもの。
欲しいのは。
欲しい、のは。
「……カイン……」
渇望する、その存在の名を呟く。
いつの間にか、手すら届かなくなってしまった人。
逢いたい。
触れたい。
微笑い掛けて欲しい。
抱き締めて欲しい。
逢いたい。
……逢いたい。
「――――あいたい、よ…」
ぽろり。
冷えた雫が、白い頬を伝った。





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双子敵対物クリスマス(遅!)変な所で気を回す阿呆なカイン様でございました。
恐らく自分で持っていったのではなく(この時期は身動きが取れない筈なので)人に頼んだのだと思われ。


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