【疼きの如く】
かっぽーん。
伝統的な音が響く浴場で、湯に浸かりながらカイルはほぅ、と吐息を漏らした。
ちらりと隣に目を向ければ、其処には浴槽の縁に両腕を乗せて凭れ掛かるカフェルナーシェの姿。
気だるげなその様子は酷く妖艶で、銀の髪を軽く纏め上げ露になったうなじは息を飲む程に白く、役得だ、とカイルはしみじみと思う。いや、決して狙ったとかそういう訳ではなく、入浴時間が重なったのはまごう事無き偶然なのだが。
「……あれ、どうしたんですかー? その指の傷」
と、あれこれ考えている最中、ふと目に入ったカフェルナーシェの左手に、カイルはぽつりと疑問を口にした。その人差し指の腹には、赤い小さな傷が一筋斜めに走っている。
指摘されたカフェルナーシェは、ああ、と小さく声を漏らして左手を持ち上げた。
「これは昼間、ロイに」
「え、ロイ君にやられたんですか?」
それは色々後が怖いのではなかろうか、とカイルが考えていると、カフェルナーシェは困った風に軽く小首を傾げる。
「確かにこれは、ロイにやられたんだけれど。でもその前に」
「その前に?」
「ロイが指先に怪我をしていたから、消毒をした方が良いよ、と言ったんだ。そうしたらロイが、こんなの舐めときゃ治る、と言うから、ああそれもそうだと私も思って」
「…………、………、……で、王子が舐めたんですねー」
こっくり。カフェルナーシェが頷いた。
「どうも随分と驚かせてしまったらしくて、この傷は手を振り払われた時に付いたものなんだ。だからロイは悪くないんだよ」
申し訳無さそうに話すカフェルナーシェを見つめながら、カイルはロイへと同情の念を送る。この天然誑しオーラを間近で味わった衝撃は相当なものだっただろう。
「でも手を振り払われた時、どうしてかロイの顔が真っ赤だったんだ。何故なんだろう?」
―――哀しいかな、当の天然誑し本人は全くこれっぽっちもその事に気付いていないのだが。
「……さー、どうしてなんでしょうねー。それより王子、そういう事は女の子にはしちゃダメですよ」
めっ、とわざとらしく注意するカイルに、カフェルナーシェはぱちくりと目を丸くした。
が、やがてふわりと柔らかく微笑って。
「流石に私も、女性に対してはそんな失礼な事はしないよ。それにあれは」
ロイだから、したんだよ。
そう、吐息の様に零された言葉の意味を、どう取るべきか。
暫し悩んだカイルは、結局無難にそうですか、と答える事にする。
ちらり、視線を向けて。
そっと傷に押し付けられた淡い色の唇は、見ない振りをした。
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お忙しそうな某様へ。応援の意味を込めて。
さらっと何でもない様な顔であれやこれや、という事でこんな感じになりましたどうでしょう(ロイ出てないじゃん!!)
実は何気にカイル初書きです。
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