戦争中とはとても思えない、穏やかな空気の流れる午後。
「あ、美味しい」
「当然だろ、僕が淹れたんだから」
同盟軍の客室。其処で僕と向き合うは、かつてトランを導いた英雄。
本人目の前にしては、絶対言いたくなくなる謳い文句だけど。
「このお茶菓子も美味しいね。ルックの手製?」
「外れ、それはハイ・ヨー作だよ。……所で」
「ん?」
目の前の彼が、優雅な動きで紅茶を飲んでいた手を止める。
……至極真面目な話、黙ってりゃそれなりに見えるのに……。
「何で僕がこんなトコで、こんな事しなきゃならない訳?」
君の客室で。
君相手に。
ティータイムに洒落込むなんて事。
「だって折角可愛いレノンに逢いに来たのに。レノン、書類に拘束されてて暇なんだよ」
さらっと言うな、この似非英雄。
「僕は暇じゃ無いんだけどね」
「兵団長の仕事は終わってるでしょ? 知ってるよ。後は石版前に立ってるだけでしょ」
刺付きの台詞と睨みで応戦しても、にっこりとした微笑みで返されるだけ。結局の所、目の前のこいつに勝つのは至極無理な話らしい。
諦めて溜息を一つ。
紅茶を口に含めば、彼は更ににっこりと微笑った。
「ま、僕も逢いたいの我慢してるからさ。それで勘弁してよ」
「君はもうちょっと我慢した方が丁度良いんじゃない? 言っとくけど惚気は御免だよ」
「え、惚気させてよ」
「却下」
崩れまくりな表情の彼を、一言ですっぱりと一蹴する。
少し前に同盟軍軍主と想いが通じ合って以来、彼は依然こんな感じだ。
何故そんな事を知っているかというと、彼が片想いしている時分から相談を受けてたからだったりするんだけど。そういう話題に疎い僕に相談してどうするんだ、とも言ったけれど、彼曰く『聞いてくれるだけで充分』との事らしい。
友人ではあるんだろうけど、変な所で判り合ってしまってるから、どちらかといえばそれ以上の関係。
かといって彼には相手が居るし、僕だって彼相手にそんな関係なんて絶対御免被る。故に『恋人』なんて関係は有り得ない訳で。
――――じゃあ、僕と彼との関係とは、一体何なんだろう?
「……………煩い」
と、軽く思考に耽りながら彼と会話していれば、聞こえてきたばたばたと響く音。思わず顔を顰めると、彼は苦笑する様に淡く微笑う。
「来たね」
何が。そう問う前に、ノックも無しに勢い良く扉が開いた。
「リオさんっっ!!」
入って来たのは、頬を染めて息を切らせた同盟軍軍主。
その騒音に眉を顰めて。けれど向かい合う彼の表情は、これでもか、と言わんばかりの慈愛に満ちた柔らかい満面の笑み。
そんな顔も出来るんだから、反則だよね。全く。
「やぁ、レノン」
「ご、御免なさい! お待たせして…」
そう言うが早いか、遠くから軍師の怒鳴り声が響いてくる。
もしかしなくとも逃げたね? 君。
「…終わってないんだ?」
彼が苦笑気味に問えば、レノンはばつの悪そうな表情で此方を見た。
「えっと…」
困った顔をするレノンにまた苦笑して、彼が不意に立ち上がる。何事か、と訝しむ僕を他所に、恋人の傍に歩み寄って。
「……え」
ちゅ、と軽く頬に一つ口付けを落とした。
「…………」
……君達、僕が此処に居るって事、確実に忘れてるね……?
「今日は泊まるから。終わらせておいで? 一緒に晩御飯食べよう」
にこりと微笑う彼に、レノンは真っ赤になった状態で、頬を押さえてカクカクと頷く。行ってきます! と来た時と同じ騒音で去っていく恋人を見送った後、彼は再度此方に歩み寄り、椅子に座って。
「……ゴチソウサマ。アテられたよ」
「オソマツサマ。妬いてる?」
皮肉も通じない笑顔な彼に、誰が、と言い返そうとして。其処でふと思い付いて、内心くすりとほくそ笑んだ。
にこり。
悪戯っぽく微笑って。
「そうだね、妬いてるかもね?」
おどけて告げれば、彼は途端にきょとんと目を丸くする。
と、一瞬の間の後、思いっきり吹き出して。
「ぷっ…、あははは! やっぱりルックってば最高!」
「お褒めに預かり光栄だよ」
成功したらしい意趣返しに、今度はふふんと微笑ってやった。
たまにはこういうのも悪く無いだろう?
「さて……どうしようかな。夕食まで空いちゃったけど」
漸く笑いが治まったらしい彼が、ぽつりと呟いて考え込む仕草を見せる。
けれど恐らくそれはポーズだけ。本当は僕からの言葉を待っている。
「図書館に続き入ってたよ。この前君が読んでた本の」
「え、本当? 行って来ようかな」
そんな関係が、酷く心地好くて。
「僕も読みたい本があったからね。付き合うよ」
「そう? じゃあ行こうか」


――――あぁ、もう。

百歩譲って認めてあげても良いよ。










僕は君を、親友だって思ってる













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