「やぁ、ルック」
時間は午後に入り少し経ったといったところ。
軽く手を上げて石板前のルックに声を掛ければ、彼は普段より数割増しな不機嫌さを隠す事もせず、じろりと僕を睨み上げた。近寄るな、という雰囲気がひしひしと伝わってくる。
「……何か用?」
やけに刺々しいいつもの口癖に思わず小さく噴き出した。それが気に食わなかったのか、ルックは眉を顰め更に不機嫌な表情になる。
これ以上機嫌を損ねるのは流石に拙いか、と内心苦笑しつつ僕は本題を問い掛けた。
「今日、何の日か知ってる?」
「知らない」
即答。知っている、と白状している様なものだ。というか、この日は三年前にも経験したのだから、知っている筈なのだ。確実に。
この、前日辺りから城内に漂う甘い匂いと、それ以上に甘い周りの雰囲気はかなり決定打だし。
「…くれないの?」
「何をさ」
ルックがふいっと顔を背けて、そっぽを向く。あくまで『知らない』で通す気らしい。
……まぁ、そういう手を取るんなら此方にも考えがあるんだけど。
「―――ルック」
「え、……ッ?!」
性急に、反応する間も与えず距離を詰め、間近にルックの顔を仰いだ。突然の出来事に驚いて逃げようとする彼の動きを、石板に両腕を突きその中に閉じ込める事で封じ込め、向かい合う様に強要する。
「……っ、何さ…」
観念したのか、精一杯の抵抗とでもいう様にルックが僕をきつく睨み上げてきた。
それに柔らかく微笑い返して。
「…ルックのが欲しいんだけどな、僕は」
かぁっとルックの頬が赤く染まる。
きっ、と強く睨み付けられて。
「…――ッどうせ他の奴等から山程貰ってるだろ!! 何でわざわざ僕が―――!」
一気に捲し立てていたルックが、言葉の途中ではっと我に返り慌てて口許を掌で覆った。
弁解も出来ないのか、そのまま顔を真っ赤にして俯いてしまう。
(…カマ掛け成功、かな)
狙い通りの結果に思わずくすりと笑みが零れた。
こういう時のルックは冷静な振りをしていても頭の中は全く冷静じゃないから、大概やる事なす事全てに面白い位に引っ掛かってくれる。
ま、其処がまた可愛いんだけど。
「くれないの…?」
ルックの耳元に口を近付けて、もう一度そっと問い掛ける。しかしルックはぴくんと体を竦ませたものの、答えは返してくれなくて。
どうやらまだ強情を張り続けるつもりらしい。
その様子にまた一つ、くす、と笑みを零す。
「―――貰って無いよ」
「……え?」
ふと僕が囁いた言葉に、ルックがそろりと視線を上げた。流れた髪に手を伸ばして優しく梳く。
「だからね、今年は貰って無いんだよ、一つも。全部断ったから」
三年前は、流石に受け取らざるを得なかった。軍主という立場上、好意を無下にする訳にはいかなかったから。
けれど。
今はもう、そんな事を気にする必要は何処にも無いし。
「……何で……」
困惑した表情で問い掛けてくる彼に、優しくふわりと微笑い掛けて。
「だって、欲しいのは一つだけなのに」
他のを貰ったって仕方無いでしょ? と続ければ、ルックは再度かぁっと頬を紅潮させた。困り果てた風に眉を寄せ、またやわやわと俯いてしまう。
そんな様子がまた酷く可愛らしい。
「…ルック…?」
少しの間の後、耳元で囁きつつ、またその髪を梳こうと手を伸ばした。
けれど、指先が髪に触れる前に、不意にどんっと胸に衝撃が走って。
「…え?」
下に視線を向ければ、胸元にはルックの左手が押し付けられていた。
ルックは頬を染めたまま、再度僕をきっと睨み上げる。
「……っやっぱり最悪…ッ!」
ルックはそう一言だけ呟くと、石板に突いていた僕の腕を押し退け、逃げる様に慌しくその場から離れた。呆然とその姿を見送っていれば、ルックは駆け上がっていた階段でぴたりと足を止めて。
「――――馬鹿!!」
顔を真っ赤に染めての強烈な捨て台詞の後、ルックは再び駆けて行ってしまう。その姿が見えなくなって暫くの後、僕は傍にある石板に体を預けた。
「…ふ、…――くくッ…」
堪え切れず、肩を震わせて笑う。
「……ほんと、正直じゃないなぁ……」
肩を震わせたまま、先程左手と共に胸に押し付けられたそれに視線を下ろした。
其処には、蒼とも翠ともつかない、いかにもルックが好みそうな色の小さな包み。中からは微かに甘い匂いが香ってくる。
今日、僕が欲して―――何よりも欲してやまなかった、もの。
鼓動が高鳴る。
頬も少しだけ熱くなって。
顔が自然、笑顔で綻ぶ。
どうしよう。凄く嬉しい。
きっと彼は、僕がこんなに喜んでいるとは露とも思っていないんだろうけれど。
「…さて、と。そろそろ行こうかな」
笑いを収める様に一つ息を吐き、僕は石板から体を離した。貰った包みをしっかりと手にしたまま歩き始める。
きっと、恥ずかしさの余り不貞腐れてしまっているであろう彼の部屋へ。
有難う、と。
―――好きだよ、を伝える為に。






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