「……っぁ、痛…ッ───…リ、リオっ…」
冷たい、鋭い滑らかな刃物が肌を撫でる感触。
その直後襲ってきた焼ける様な熱さと引きつる様な痛みに、僕は堪らず悲鳴を上げた。
「…何? ルック…」
くすくすと酷く愉しそうに彼が微笑う。その微笑に対する嫌悪感に、僕は体を竦ませた。
彼を直視出来ず顔を逸らす。すると視界に入る、シーツの至る所に染み込んでいる紅いもの。
……僕の、血。
「…──ッ!! …ぅ、あ…っ…!」
先程付けられた傷に無遠慮に舌が入り込んできた。まるで抉るかの様に。
どうやら顔を逸らした事で、彼の機嫌を損ねてしまった様だ。
「…鉄の味」
「……ッ…」
彼は口を離すと何を思ったか、僕の体の至る所に付いた傷を一つ一つ指でなぞり始める。顔、胸、腹、足、腕―――最後に右肩の傷をなぞり、その血塗れの右手で僕の顎を掬った。
「…痛い?」
「ッン…っ…」
そのまま深く口付けられる。鉄の味の、けれど哀しい位優しくて狂おしいキスに、僕は固くシーツを握り締めた。
「―――ね…逃げても良いんだよ?」
頬の傷に口付けながら、彼が言う。
「…ねぇ、ルック…」
名を呼ばれる。
只それだけで体が歓びに震えた。
握り締めていたシーツを離し、その頬に触れる。
「――――好き、だよ」
彼の、昏い蒼の瞳が揺らいだ。
「好きだよ……好き、だから。リオ…」
「……そう」
「…っあ…ッ…!」
突如深く沈み込まれ、僕は堪らず声を上げる。生理的なものと、感情的なものが入り混じった涙がゆっくりと頬を伝った。
「僕も好きだよ」
傍に居るというのなら、生きていてあげる。
此処に居てあげる。
此処に居て、傷付けてあげる。
優しく、優しく、痛め付け続けてあげる。
彼の瞳がそう語りかけてくる。その壊れた瞳の色に吐き気がしそうだ。
「好きだよ…ルック」
「…っ、ん…あっ…」
でも、それを望んだのは僕。
死にたいと。
消えてしまいたいと切に望んでいた彼を引き留めたのは僕。
彼が死ぬなんてきっと耐えられないから。
彼が居なくなってしまうより、こんな痛みの方が全然マシだから。
引き留める事が出来るなら、こんな体位幾らでも差し出すから。
好きなだけ痛め付けて良いから。
だから。
お願いだから。
「……リ、…オっ…」
「…大丈夫だよ」
本当に好きだから、と僕の耳元で彼が囁く。
壊れてしまった彼。
僕を傷付けて、痛め付けて。それでも逃げない事でやっと僕の想いを認めてくれる。
最初は恐怖を感じたそんな彼も、今では何よりも愛おしいと思う。
そんな事を思う僕も、もう壊れているのかもしれない。
…───いや、きっともう壊れているんだろう。
「好きだよ」
冷たくて優しい彼の言葉が胸に刺さる。
哀しくて、涙が溢れる。
そんな僕に優しく口付けてくれる彼を、僕は痛みと熱さに軋む体を無視して、強く強く抱き締めた。



「好き、だよ───…」






ゆるゆると、何かが壊れる音が…────何処かで聞こえた。






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