「……帰るの?」
また戦が始まる。
だから此処に居ちゃいけない。
帰らなきゃ。帰らないと。
そう、思って。
帰り支度をしていた矢先、不意に背後から掛けられた静かな声。
振り向けば、其処には大好きな大好きな、愛しい彼の人。
少し寂しそうに見えるのは、窓から差し込む夕陽の所為だろう……きっと。
「うん、だって居ちゃ駄目でしょ?」
表面上は同盟軍と無関係な立場を取る僕。
協力する事を承諾してはいても、戦に関わる事は許されない。自らが許さない。
離れる事は、少し、かなり、寂しいけれど。
「…賢明な判断だけどね」
ふぅ、と一つ溜息を吐いて彼が歩み寄ってくる。やがて僕のすぐ傍に立つと、不意にふわりと両頬を掌に包み込まれた。
「そんな顔されちゃ、簡単には帰せないね」
そろり。唇が触れ合わされる。柔らかい、優しい、切ない口付け。
「…―――寂しいかい?」
何? と問う前に尋ねられた言葉に、少し考えてから素直に頷いた。
「……さみしい」
本当ならずっと、傍に居たいのに。触れ合って、彼を感じていたいのに。目の前の現実はそれを許してくれない。
今更どうこう言ったって、どうしようもない事だけれど。
「…じゃあ、良い事してあげるよ」
「……え?」
唐突な彼の言葉に、少し俯き加減だった顔を上げる。と、彼の顔を視界に捉らえる前に、瞼にキスが落ちてきて。
「…――ッ、…な…に?」
頬を包んでいた手が髪に潜るのを感じながら、もう片方の瞼への甘いキスを享受する。唇が離れたと思うが早いか彼を見つめれば、其処には淡い微笑みが在って。
「…おまじない、だよ」
微かに笑いを含んだ声に、首を傾げた。
「……おまじない?」
「そう」
眦に、頬に、額に、啄む様なキスが沢山触れる。
「…せめて―――…」
まるでこれから逢えなくなる時間を埋めるかの様に。
お互いの心を今の内に、慰めるかの様に。
「…夢の中で、逢える様にね?」
また、瞼に甘い口付けが落ちた。
「……ゆめ?」
彼の細くて白い指が、僕の漆黒の髪を掻き上げる。
それはまるで、絶対に相入れないものの様に思えて。少し怖くなって、僕は彼の法衣をぎゅっと握り締めた。
「代わりにはならないだろうけど、それで我慢して良い子にしておいで」
苦笑を浮かべた彼が、また頬に落ちるキスと共に、僕にそう告げてくる。
「…良い子にしてたら?」
その仕草が泣きたい位に優しいから。……つい、強請る様に我侭を言ってしまって。
そんな僕にまた、彼の顔に苦笑が一つ浮かぶ。
「そうだね…」
そっと、腕に収められて。
柔らかく、優しく抱き締められて。
「戦が終わったら、一番に逢いに行ってあげるよ」
耳元で囁かれた、甘いご褒美。
嬉し過ぎて、楽しみ過ぎて、今から顔が緩んでしまう。
「…ぜったい、だよ」
…――――やくそく、だよ
終
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