夏の暑さが見せた幻だろうか。
図書館で本を借りて石板前に戻ったルックは、現実逃避にそんな事を考えた。
束になった大振りの花。太陽を思わせる黄色。―――向日葵。
それを抱えてにっこりと微笑み、自分の定位置にしゃがみ込むトランの英雄。
その笑顔の裏に隠されたものがどんなものなのか、ルックは身を以てよく知っていた。不本意ながらも三年前、彼に一番近かったのは自分なのだから。
くるり。一通りの思考の後、ルックは無表情のまま踵を返す。
「何処行くの?」
が、一歩踏み出す前に声を掛けられ、仕方無しにルックは英雄と呼ばれる少年―――リオの方へと顔を向けた。至極嫌そうに視線を投げる。
「逃げるんだよ。嫌な予感がひしひしとするんでね」
「折角のプレゼントなのに」
「要らない」
「レノンからの」
小さく呟かれた名前にルックの目が見開かれた。くすり、とリオが口の端を上げる。
その仕草にルックが眉を寄せて。
「…嫌な微笑い方」
「褒め言葉として受け取っておくよ。それで? 本当に要らないの?」
よいしょ、と立ち上がりながら問うリオに、一瞬の逡巡の後、ルックは渋々と歩み寄った。僅かに困惑が入り交じる翠蒼が鮮やかな黄色を見つめる。
「本当は、レノンも此処で待ってたんだけどね。先刻シュウに連れて行かれちゃった。という訳で、はい」
ばさり、渡される向日葵の束を、ルックの腕が反射的に受け取って。
「ルックみたいだから、だってさ」
「…は?」
腕の中のそれを抱え直しながら怪訝に視線を向けてくるルックに、リオは苦笑を浮かべて肩を竦めた。
「レノンがそう言ってた。だからあげたいんだって」
「……何処がだよ」
憮然と呟いてルックが視線を落とす。其処には鮮やかな黄色。
太陽の様なこの花は、きっと贈り主の方が相応しいだろうに―――。
「僕は、判る気がするよ」
静かに囁かれた呟きに、ルックは思考を中断してゆるりと顔を上げた。リオがそっと手を伸ばし、黄色い花びらに触れる。
強く真っ直ぐな瞳。
凛と立つその姿。
一目見ただけで心奪われる、その存在の鮮やかさ。
――――そうして自分も、いつの間にやら捕らわれて。
「ルックにはきっと、判らないだろうけどね」
くすりと微笑を浮かべたリオに、ルックの眉が不機嫌そうに顰められた。
「訳判らないよ」
「判らなくて良いよ。こういうのは自覚してちゃ、意味無いんじゃない?」
言い様、リオが僅かに腰を屈めた。
直後、ちゅ、と小さく鳴る音。
己の頬に感じた感触に、ルックの瞳が大きく見開かれる。
「っ、と」
ぶんっと振られた腕を無駄の無い動作で避けつつ、リオがルックから体を離した。きつく向けられる険悪な視線に苦笑する。
「何するのさ」
「お駄賃」
「は?」
怪訝な問い返しに、リオはそっと自らの唇に指先で触れて。
「恋敵の頼まれ事を聞いたんだから、この位は許されても良いと思わない?」
あっけらかんと告げられる台詞にルックは思わず呆気に取られた。が、すぐに我に返り、再び剣呑に睨み付ける。
「この前人に無理強いしようとしてた奴が、よく言う」
「焦ってるんだよ、まさかトンビに油揚げを奪われるなんて状況が本当に起こるなんて思わなかったから。今からでも遅くないよ、僕に乗り換えない? ルック」
「殺そうか?」
「それは嫌」
にっこりと満面の笑顔で返されて、ルックはがっくりと疲れた様に脱力した。向日葵を抱え直しながら溜息を吐く。
「十数える内に消えろ。でないと本気で切り裂くよ」
「良いよ。本気で嫌われたくはないしね」
くるりとリオが踵を返して階段に向かった。と、ふと足を止めて。
「ねぇ、レノンって意外と気障だよね」
「は?」
いきなり告げられた台詞にルックが瞬く。
そんなルックにリオは再びにっこりと微笑って。
「向日葵の花言葉、知ってる?」
そう問い掛けだけを残し、リオは今度こそその場から去っていった。
後に残されたルックはのろのろと視線を落とし、手元の花を見つめる。
「…………花言葉?」
小さく零れた呟きは、酷く幼い響きに満ちていた。





―――――後日、図書館で花言葉の本を手に、顔を真っ赤に染めるルックが目撃されたそうな。



















ルク主同盟』様への、一周年祝い献上物。

…………の、筈が何か間違えた。2主は何処行った!!(笑)


完全に長編を切り取って書いた感じですので、要所要所訳判らん所があると思いますが余り気にしないで下さい。
いつ手ぇ付けられるかさっぱり見当付かんのです…。

というか普通は2主が取り合いされるべきなんだろーなー(笑)



20050701up


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