キミはボクのモノ





その心は止められるものじゃないから




















あの子の紋章の気配は、酷く判り易い。
恐らく、隠す方法を心得て無いだけなのだろうけれど。ルックの言葉を借りれば───だだ漏れ、というか。
三年前の自分もこんなだったのだろうか、と苦笑しつつ歩を進める。そのまま、僕は気配を辿るままに、船着き場へと足を踏み入れた。
「…───ッ…」
夏特有の太陽の光と、それを反射する輝く湖面。その眩しさに思わず足を止め、手を翳して目を細める。
耳に届く楽しそうな子供達の声。
慣れてきた目で視線を遣ると、水の中で子供と戯れる、愛しい彼の姿が確認出来た。
自然顔を綻ばせて歩みを再開する。
───と、岩場を通り過ぎようとした所で、見慣れた若草色が目に入って。
「…何やってるの?」
「護衛」
簡潔に答えられた。
本拠地内で? と首を傾げると、ルックはその考えを読んだかの様に本から顔を上げる。
「君の時と違って、船の出入りが結構あるからね。その船に刺客が潜んでないとは限らない───ってのが軍師の弁」
心配し過ぎだよね、とぱたんと本を閉じた。
「ルックは楽観視し過ぎじゃない?」
問うと、ふんと鼻で笑われる。
「其処ら辺の刺客に簡単に殺られる様な輩に、従ってるつもりは毛頭無いよ。……君も含めて」
違う? と問い返され、知らず口に苦笑が浮かんだ。ルックが腰掛けている岩場に乗り上がり、彼の横に腰を下ろす。
「それ、褒め言葉?」
「さぁね」
好きに取れば、との素っ気無い台詞に、ふふ、と微笑で返した。
サァッ…と、湖の上を走る風が頬を撫でる。
「……あぁ、―――やっぱりルックの傍は涼しいね」
風が、心地好い。
「人を冷房器具か何かと勘違いしてない?」
機嫌の悪そうな声色に苦笑が漏れた。
「…素直な感想を言っただけなんだけどなぁ…」
「どうだか。ところで君、探しに来たんじゃないの?」
「え?」
「アレ」
顎で示され視線を向けると、再び彼の姿が視界に映る。
「……そうなんだけど、ね」
「一緒に遊んでくれば? 喜ぶよ」
「…それで、ルックは嘲笑うつもりなんでしょ」
「よく判ったね」
判らいでか。
どうせ「いい歳して何やってんのさ」とか言って、鼻でふふんと笑う気なのだ。
くつくつと喉を鳴らす彼に、小さく息を吐く。
「…まぁ、何というか。…―――邪魔、してしまいそうだから」
「?」
不思議そうにするルックに、再び口を開こうとして。
「リオさん!」
丁度その時、明るい声に名を呼ばれ、思わず苦笑してしまった。
……もうちょっと、遊ばせてあげるつもりだったのにな。
「やぁ、レノン」
岩場によじ登ってきたレノンの濡れた頭を撫ぜる。
ふわりと微笑い掛けると、レノンは嬉しそうに懐いてきた。……やはり、子犬の様だ。
「いつから此処に居たんですか?」
「つい先刻だよ」
「声、掛けてくれれば良かったのに」
「随分楽しそうだったしね」
それに声を掛けたら、言ってしまいそうだったから。
そう続けると、レノンは目を瞬かせて首を傾げる。
「何をですか?」
「うん。レノン、着替えておいで?」
「え?」
にっこりと、満面の笑みで微笑い掛けて。
「襲っちゃいそうだから」
さらりと告げれば、レノンは途端ぴしりと固まった。
ゆっくりと、ぎこちなく視線を下に向け、下衣以外何も身に着けていない自分の姿を再確認する。
「………ッ!!!」
そして唐突にかあぁっ! と頬を染め、そのまま慌てて踵を返し、脱兎の如く走り去ってしまった。
その様子を手を振りつつ微笑ましく見守っていると、ふと隣から呆れた様な溜息が聞こえて。
「…………ケダモノ」
「あ、酷い。本当に襲うつもりなんて無いよ?」
ひょいと顔を覗き込んでそう言うも、ルックは「どうだか」と肩を竦める。
「本当だってば。あの格好で居て欲しくなかっただけ」
「…何? それ」
怪訝に問うてくるルックに、少し気拙げに微笑い返した。
「恋人としては、他の人間の前であんな無防備な格好はしてて欲しくないじゃない?」
途端、心底呆れた様な顔を向けられて。
「……………馬鹿?」
「そう? 結構正常な感覚だと思うけど。此処には漁師さんや、子供達や、ルックだって居るわけだし」
誰が欲情しちゃうか判らないじゃないか。
至極真面目にそう続けると、べしりと後頭部をはたかれる。
「阿呆な事言ってんじゃないよ。僕があんな小猿に欲情する訳無いだろ」
「……判ってるけどね」
後頭部をさすりつつ、ぽつりと呟き返した。
判っている。ルックがレノンに、そんな邪な感情を抱かない事位。
これでも、この親友の好みは把握してるつもりだから。
……それでも止められない、思わず嫉妬してしまいそうになる心。
恋する男心は、狭い上に複雑なのだ。
「……まぁ」
「え?」
と、不意に耳を掠めた呟きに俯き掛けていた顔を上げる。視線を向けると、ルックはつまらなそうに膝に頬杖を突いていた。
「これ以上こんな暑い所に居ずに済む訳だしね。其処ら辺は感謝してあげるよ」
フッ、と綺麗な顔に浮かんだ不敵な笑みに、一瞬瞬いてから、こちらも淡く笑みを返す。
「…レノンが戻ってきたら、食堂に行こうか。かき氷なんてどう?」
ぴくり、とルックが反応して。
「……奢りだろうね?」
期待の入り混じった声の問いに、自然浮かぶ笑みのままにこりと微笑い掛けた。
「勿論。みぞれにつぶあん、フルーツも山程、ね」
「…練乳も忘れないでよね」
「ああ、そうだっけ」
実はかなりの甘党な親友に、くく、と喉で小さく笑う。
見上げれば鮮やかな青い空。
少し涼しげな風を受けて。
この心地好い居場所で、恋人を待ちつつ。
他愛も無い会話を交わしながら。
夏もまだまだこれからだな、と。
恋人が聞いたら喜びそうで、親友が聞いたら辟易しそうな、そんな事をぼんやりと、考えた。



















04年暑中見舞フリー配布文です。


『友達以上〜』と同設定。続きですね。
親友が好評だったので書いてみたんですが、……あかん、やっぱりこれ楽しいわ(笑)



20040801初出/20041004up


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