静かな音色で目を覚ました。 誰かがゆうるりと唄う声。 まだ少し気怠さの残る体を寝台から起こし、僕は声のする窓際の方へと顔を向けた。すると唄が止み、代わりに柔らかい声が耳に届く。 窓辺に腰掛けた、彼の声。 「……起こしちゃった?」 「…別に…」 月明かりに照らされた彼の顔が微笑む。手招きされ、僕は寝台から降りそのまま彼に歩み寄った。 「…歌詞、知らないの?」 まだ覚醒しきってない頭で聴いていたから余りはっきりとはしないけれど、先刻彼はどうも旋律を沿っていただけの様だ。それでも、彼の声で紡がれるその唄は酷く心地良いものだったのだけれど。 「知らない。物心つく前に覚えたらしいからね。…母が、子守唄代わりに唄ってたそうだけど」 そう言って苦笑気味に彼が微笑う。そんな彼が酷く遠く思えて。 確かに此処に居るのに、何故か絶対に手の届かない所に居る様な気がして。 ……こんな事位しか、彼の気を引く方法を知らなくて―――…。 「―――夢の唄」 「…え?」 「そう言うんだよ。トランよりもずっと――…南方の国の唄だけど」 彼が驚いた、といった表情で僕を見上げてきた。そうしてやがて嬉しそうに小さく微笑うと、僕の手を取りそっと指に口付けてくる。唇のその温もりが少し擽ったい。 「…知ってるんだ?」 「……一応ね」 「歌詞も?」 しまった、と思った。彼が少し意地悪げに微笑んだから。 歌詞は、知っていた。けれどそれを言ってしまえば、その後の彼の台詞は容易に予想出来て。でもこのまま押し切られるのも何だか癪で。 ――――だから。 「…ルック?」 絡められていた指を解き彼から離れる。不思議そうに僕の名を呼ぶ彼の横に、窓に背を預ける様にして窓辺に腰掛けると、僕は小さく息を吸って。 「―――ルッ…」 彼の表情がみるみる変化していくのが判った。 最初は酷く吃驚した風に。……そしてゆっくりと切ない位静かに。 僕の口から零れる異国の唄。先刻彼が紡いでいた旋律に、歌詞を乗せて只静かに唄う。彼だけに聴こえる様に。他の誰にも聴かれない様に。 優しく、儚く、静かな想いと祈りの言葉。 母の、子への切なる願い。 柔らかな、愛。 安らかなる、子守唄。 彼の母親はどんな思いで彼にこれを聴かせていたんだろう―――と、頭の端でぼんやりと考える。そんな事、考えたって判る訳がないのだけれど。 「……ッ…?!」 と、最後の旋律を唄い終わった後、不意に横から伸ばされた腕に体が絡め取られた。そのままきつく思いきり抱き締められる。その力の強さに我慢出来ず、僕は思わず声を漏らした。 「……痛、い」 「あ、御免」 ゆっくりと彼の腕の力が抜かれ、今度は優しく抱き締められる。その温もりにふぅ、と安堵の息を漏らした。 「…こういう時、どうすれば良いのかな?」 ぽつり、と頭の上から落ちてくる声に顔を上げて。見上げれば、少し困った様な彼の顔。 「……何が?」 ふ、と彼が微笑を零す。 「せっかくお願いする前に唄ってくれたから、感想位言うべきかなって思ったんだけど」 何を言えば良いのか判らなくなった、と彼が苦笑した。 余りにも綺麗で、 余りにも静かで、 言葉で表せるものではない様な気がして。 表さない方が、良い様な気がして。 「…馬鹿だね」 「…そう?」 「そうだよ」 こんな単純な事にも気付かないんだから。 感想なんていらない。 そんなもの欲しくない。 僕の欲しいものはもっと別のもの。もっと、簡単なもの。 ……君は、知っている筈だろう? 「…判らなくなったんなら、想う言葉を言えば良いんだよ」 君は何て言いたい? と暗に問い掛ける。 僕のその言葉に、彼は少しきょとんとした顔を見せて。やがて小さく、優しく微笑んで。 「―――有難う」 そう、一言呟いた。 「…うん」 それで良いんだよ。 それが僕の欲しかったもの。僕が今一番、君から聞きたかったコトバ。 ねぇ、君は気付いてる? 僕が今、嬉しさと喜びに心震わせているのを。 「……ルック?」 体に回された腕を解き彼から離れる。けれど、先刻とは違い指は触れ合ったままで。 「…もう、夜も遅いね」 「ルッ…」 触れている手を少し引っ張って、そっと彼に口付けた。啄む様に戯れる様に幾度かのキスを彼に与えて。 「眠ろう? 眠れないのなら幾らでも唄ってあげるから」 優しい優しい子守唄を。 たった一つの朧げな記憶を。 唄って、あげるから。 ――――傍に居て、あげるから。 「……うん」 彼が再度優しげに微笑む。そんな彼が先刻よりは近くに思えて。 これ以上遠くに行かない様にと、僕は有りったけの力を込めて彼を抱き締めた。 ねぇ、唄ってあげるよ大切な唄を だから今だけは『君』に戻って 闇を忘れて、眠ると良いよ 「……おやすみ」 終 ルックは歌は上手そうですな。 当家のルックさん達は皆声変わりしてないので、アルトでしょうか。 よく響いてー、透き通る感じでー。 ああ萌えるー(笑) 20020413up ×Close |