002:手






節張った指は長く、掌は厚くて硬い。
重ね合わせればアレンより一回りは大きくて、それは恐らく年の差がどうこうというものではなく、長い年月を武器を握り締め戦闘と鍛錬に明け暮れてきたが故の結果なのだろう。
爪は常に短く切り揃えられている。長期任務明けでもない限り、その爪が伸びているところをアレンは見た事がない。
教団での食生活で漸く整ってきたといえど、まだまだホルモンバランスが不安定―――と、先日定期検診の時にコムイが言っていた―――で体温の低めなアレンと違い、その温もりはとても温かだ。寧ろ有している筋肉故に、高めともいえる。
アレンの右手―――左手は借金返済のバイトやクロスの世話でどんなに酷使しようとも、全く変化を見せる事はなかった。それは至極当然とも言えるけれど―――とはまた違う、見る者が見れば『使われてきた』事がありありと判る、手。
その手に触れられるのが、アレンは好きだった。
その温もりを感じると、心がふわんと軽くなる心地がする。
普段の言動からは考えられない柔らかさで髪や頬を撫でられると、それだけで安堵が静かに胸を満たす。
欲を伴う掌や指で肌をなぞられれば歓喜に体が震える。
その手は言わば、アレンにとっての幸福の象徴だった。
ささやかな。祈りの様な。大きなものではないけれど、生きる為には確かになくてはならないもの。
「オイ」
不意に耳に届いた低い声に、アレンはふ、と我に返って目の前に意識を戻す。すると其処には眉間に皺が寄った不機嫌な表情。
その更に向こうにはもう馴染んだ天井があって、其処で漸くアレンは現在の状況を思い出した。
「何考えてた」
どうやら、目の前に自分が居るにも関わらず、アレンが思考に意識を飛ばしていた事が気に食わなかったらしい。狭量な問いに小さく苦笑すると、アレンは己の前髪を掻き上げる手をそっと掴む。
「キミの事ですよ」
納得するかは判らないが本当の事を告げてから、そっとその掌に口付けた。次いでちろり、舌で肌をなぞる。
「神田」
―――だから、もっと。
そう強請る言葉は声になったのか、否か。唇を塞がれてしまったアレンにはもう判らなかった。
甘える様にくぐもった吐息を零しながら、肌を滑る感触にアレンは密かに笑う。
この硬い感触を知るのは自分だけでいい。
この温かな体温を知るのも自分だけでいい。
「…――っ、あ」
これは、自分だけの幸せなのだから。





- End -





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何処までが微エロなのか基準がいまいち判っていない管理人であります。

描写が出たら微エロなの?
それとも喘ぎ声が出たら微エロなの?(笑)



(2010-02-13初出)