035:連鎖
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Dマートは、住宅街から徒歩五分、最寄り駅から徒歩十分という好条件な場所に位置するスーパーだ。安さと品質を売りにしたこの店は主婦の味方と評判で、この不況の中集客率は中々のものと言える。 さて、そんなDマートには現在、密かに名物と呼ばれるコンビが存在した。 「今日は豆腐が安いんですよ。豆腐で何食べたいですか?」 「冷奴」 「絹? 木綿?」 「絹」 「掛けるのは醤油? おつゆ? ポン酢? それ以外?」 「醤油でしか食った事ねェ」 「じゃあ今日はおつゆにしてみましょうか。だしはカツオで」 視線は広告に向けたまま片手でカートを押すのは、左頬に大きな傷のある白い髪の少年。その横に並び少年の質問に答えているのは、長い黒髪を低い位置で一つに纏めた少年。どちらも人目を引く整った容貌をしているが、特に黒い少年は美人と断言出来る程に綺麗な顔をしている。また白い少年は黒い少年程容姿が整っているとは言い難いが、その柔らかい物腰と年相応の表情が相俟って、頬の傷が気にならない程に愛らしい雰囲気を醸し出していた。 二人が身に纏っている制服は、Dマートから十五分程歩いた所にある高校のものだ。どちらも鞄を肩に提げている事から、下校途中にこの店に寄った事が窺える。 彼等が揃って店に訪れる様になったのは一ヶ月程前の事。学生はまだ夏休みの後半を楽しんでいた頃である。 夕方の混雑する時間帯の寸前を狙う様にして毎日顔を見せる様になった二人は、あっという間に本人達の知らぬところで奥様方のアイドルの座を勝ち取った。 理由は単純明快。女性というものは、幾つになっても綺麗なもの、愛らしいものに目がない生き物だからだ。 「よっ…と」 小さく零れる声と共に、白い少年が絹豆腐をどさどさとカゴの中に放り込む。その総数は二十丁。 ―――幾ら安いといえど、ちょっと行き過ぎた量である。 「冷奴以外は……今日は味噌汁に入れて、明日は…豆腐入りのかき玉汁にでもしようかな。―――あ、麻婆豆腐とかはどうです?」 「…絹でか?」 「木綿でしか食べた事ないですか?」 「ねェな」 「木綿よりトロトロになるから美味しいですよ。煮崩れには気を使いますけど。木綿が好きなら木綿も買いましょうか?」 「いい。任せる」 「はい」 少年達がカートを押して豆腐売り場を後にする。それから少し間を置いて、主婦達が黄色い悲鳴を上げながら絹豆腐に群がった。あっという間に陳列されていた商品は無くなり、それを見計らった様に現れた店員は心得た様子でてきぱきと新しい絹豆腐を補充していく。 「あ、しまった」 十個入りMサイズの玉子を五パック程カゴに入れたところで白い少年がふと声を上げた。黒い少年に待っている様に言い置くと、駆け足で元来た道を逆走していく。少しして戻ってきた少年は、ほうれん草を四束程腕に抱えていた。 「お弁当のおかず、作り置きするつもりだったのを忘れてました。ベーコンと一緒にしてバター醤油炒め。あっさりめにしたら食べるでしょう?」 よいしょ、という声と共にほうれん草がカゴに放り込まれる。その瑞々しい緑を見ながら黒い少年が首を傾げた。 「今日は出ねェのか? バター炒め以外で」 「あ、今日食べたいですか? じゃあ…胡麻和えとか、……しらすと一緒にお浸しとか?」 「しらすにしろ」 「しらすはそのままか、もしくは揚げたりとか」 「そのままでいい」 「じゃあそのままで。―――と、そういえば買い置きしてあるのはちりめんじゃこだけでした。……しらすの代わりにちりめんじゃこでも良いですか?」 「しらすだ」 「融通利きませんねー。どっちも所詮はイワシの稚魚ですよ?」 「食感がまるで違うじゃねェか」 言い合いながら少年達は生鮮売り場へと向かう。その少し後に、野菜売り場では主婦達が黄色い悲鳴を上げながらほうれん草に群がった。あっという間に陳列されていた商品は無くなり、それを見計らった様に現れた店員は心得た様子でてきぱきと新しいほうれん草を補充していく。 その後生鮮売り場と精肉売り場、お菓子売り場でも同様の事が巻き起こった後、ぱんぱんに中身の詰まったエコバックを各々両手に持ち、少年達は夕陽に照らされながらDマートを後にする。 「明日はお米が安いんですよ。お一人様三袋までなんで、ラビにも手伝いをお願いしました。頑張りましょうね!」 「一袋何キロだ」 「十キロです」 「俺は二袋しか持たねェぞ」 「ならラビは四袋で…。………もう十キロ位増えても大丈夫ですかね?」 「大丈夫なんじゃねェのか、あいつなら」 「ですよね」 そして明日もまた、黄色い悲鳴と共に同じ事が繰り返されるのだ。 - End - |
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前に日記でちらっとネタだけ書いた神アレ現代同居パラレル。 神田さん高3、アレン様高1。アレン様は色々あって神田さん宅に居候中です。まだくっつく前。 しかしDマートって……他になかったんかい自分(爆) (2010-02-23初出) |