055:手を伸ばせば、すぐ其処に
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「リーバーく〜ん。ほら、やっぱり二人に悪いしさ、ねっ。報告を先に」 「そうやって無駄口叩く暇があったらさっさとハンコ押して下さい」 「いやいや、それに僕もちょっと気分転換とかしたいなーって」 「アンタ限定で俺の辞書に気分転換という言葉は存在しません」 「リっ…リナリーっ! リーバーくんがいぢめるよーっ!」 「いいから早くやれって言ってんでしょうが! その山の決済期限はもう一週間も前に過ぎてんですよ!」 「そうよ、兄さん。早く終わらせればその分二人を待たせずに済むんだから」 さぁ、と促し、泣く泣くながらもようやっと書類の山を処理し始めたコムイにリナリーはやれやれと嘆息した。山といってもその量はそんなに多くない。コムイが頑張れば三十分も掛からずに処理し終える筈だ。 コムイの監視をリーバーに任せ、リナリーは背後のソファーへとくるりと振り返る。其処には先程任務を終えて帰還したばかりのアレンと神田が、コムイへの報告の為に座っていた。 「御免ね、アレンくん。疲れてるのに」 怪我はない様だが、些かくたびれた感のある二人の姿にリナリーは申し訳無さそうにアレンに謝罪する。 神田はこの様な状況に慣れているが、入団してまだ数ヶ月のアレンはそうもいかないだろう。リナリーとて二人に早く休んで貰いたいのは山々なのだが、しかし報告を先に済ませてしまうと、コムイがそのままサボり始めてしまうのは想像に難くないのだ。せめて決済期限が一週間前に過ぎているあの一山だけは何とかして貰わなければならない。 「大丈夫ですよ、リナリー。それに僕達よりリーバーさんの方が疲れてるみたいですし…」 コムイをしっかりと監視しながらもフラフラしているリーバーを見ながらアレンが苦笑する。それにそうね、と肩を竦めて同じ様に苦笑で返し、リナリーは二人に向けて小首を傾げた。 「何か飲み物でも持ってくるわ。何が良い? あ、丁度私も飲もうと思ってカフェオレを用意してたところだったんだけど」 「じゃあ僕もカフェオレで」 「神田は緑茶? ほうじ茶もストックがあるわよ」 「…ほうじ茶」 「うん、じゃあ待っててね」 くるりと踵を返してリナリーは給湯室へと向かう。そうして手早く準備を終え、二人分のカフェオレと一人分のほうじ茶を持って二人の許へと向かえば、何やらごそごそとしているアレンの姿が目に入った。 「?」 まだ少し距離がある為、アレンはリナリーの存在に気が付いていない様だ。 アレンは座ったまま団服の右ポケットを探っている。しかし程なくして諦めた様に右ポケットから手を抜いたかと思うと、今度は左ポケットをごそごそと探り始めた。と、不意にぱぁっと嬉しそうに笑顔を浮かべる。そのまま左ポケットから何かを取り出して。 それを見た瞬間、アレンは見る見る内にしょぼんと肩を落とした。 (……あれはもしかしてキャンディの包み紙、かしら) 一連のアレンの様子から、どうやら何か食べたいらしいとリナリーは判断する。そのまま何処かにお菓子でも仕舞ってなかったかしら、と思考を飛ばしていれば、包み紙を再びポケットに突っ込んだアレンが、今度は隣に座る神田のポケットに手を伸ばしている事にふと気が付いた。 アレンくん、流石に神田のポケットには入ってないと思うわ。 咄嗟にそう突っ込もうとリナリーは口を開いたのだが。 「…………」 神田のポケットから至極当然といった様子でそれを引っ張り出し、アレンはいそいそと包み紙を開いてその中身を口の中に放り込んだ。そうして残った包み紙を自分のポケットへと仕舞いながら暫し口をもごもごとさせると、やがてふにゃりと満足げに表情を緩める。 因みに、近くに積んである中から適当に選んだ本に視線を落としている神田は、そんなアレンに一切合切頓着していない。 「…………………」 リナリーは沈黙した。 しかしそれもほんの一瞬の事で、胸に湧く想いのままにふわりと柔らかく微笑むと、止まっていた歩みを再開し二人が座るソファーへと歩み寄る。 「お待たせ、二人共」 カフェオレの茶色がゆらり、揺れていた。 - End - |
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オカンダさんのポケットにはアレンたま用甘味常備。 (2010-04-01初出) |