059:おかえりなさい






それは神田にとって何の意味もないものだった。幼馴染の少女の様に、神田は教団を『家』とは思っていない。思える筈もない。だから与えられても無視するか聞き流す事が殆どで、返した事は碌になかった。周囲も期待はしていない様で、求められた事も殆どない。精々、怒る幼馴染に折れてたまに返す程度だ。それも、随分と簡略化したものを。
それが今はどうだ。いつの間にかそれを与えられる事を当然としている自分が居る。否、これは期待している、と言うべきなのかもしれなかった。例えば泣き顔で。例えば寝惚け顔で。例えば怒った顔で。特に笑顔で与えられる時が一番堪らない。胸が鷲掴みにされるというか、擽ったいというか、苦しいというか。……その感覚が所謂『幸福』というものに分類される、という事に気付くまで、神田は暫くの時間を要した。
誰にでも振り撒かれる柔らかい微笑が、神田の姿に気付いた瞬間、花開く様に心からの笑顔になる。距離があれば駆け寄ってきて、多少ある身長差を埋める様に銀灰色の瞳が神田を見上げる。安堵と喜びに満ちた笑顔で口を開き、そして。
それは神田にとって何の意味もないものだった。幼馴染の少女の様に、神田は教団を『家』とは思っていない。思える筈もない。けれど、いつの間にかそれを期待する様になった。無意識にも求める様になった。与えられれば帰ってきた、と思う様になった。簡略化したものであっても、返す事が当たり前になった。いつの間にか、かけがえのない、ものになっていた。

そして、今日も、ほら。





「おかえりなさい」





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何か在り来たりな感じになっちゃった…。

「当たり前のものを知らない子供達が当たり前のものを与え合う」が拙宅の神アレ基本です。
本家が神田さん過去編に突入するまでは、少なくとも『子供達』という表現ではなかったんですが…(苦笑)



(2010-02-19初出)