098:一途な想い






はい、と目の前に差し出されたのは、薄緑色をした一枚の短冊。
「…何だ」
「リナリーから預かりました。願い事を書いて食事の時にでも食堂に持ってくる様にって。今日はタナボタだそうですよ」
目の前で短冊を差し出し微笑んでいるアレンを見ながら、神田は怪訝に眉を寄せる。
タナボタって何だ。
「…………。…スターフェスティバルの事を言ってんなら、タナボタじゃねェ。七夕、だ」
本日の日付を顧みる事で漸く思い至った行事を口にすれば、アレンはきょとんと小首を傾げた。
「えっと……タナボタ、じゃなく?」
「七夕」
「タナ、ボ…」
「タ、ナ、バ、タ」
「タナ…バ、タ」
「よし」
マシな発音になったところで神田は納得した様に頷く。
アレンはその後も何度かタナバタ、タナバタ、と小さく繰り返してから、はたと我に返った様に壁を背にベッドに座る神田へと短冊を押し付けた。
「そんな訳でこれ書いて下さいね。一人一枚は必須だそうですよ」
「…めんどくせェ」
押し付けられた短冊を神田は即座にぺいっと横に放る。あ、と呆れた風にアレンが零したが、咎めもせずひらひらと舞う短冊を見つめている辺り、神田のこの行動は予想済みだったのだろう。
「折角だから願い事の一つ位書いておけば良いのに」
「そんな無駄な事やってられるか。大体願われる本人もいい迷惑だろ」
憮然と神田が返せば、アレンは一つ瞬いて首を傾げた。
「本人? あ、えーと……オ、オリ、オリ」
「織姫と彦星」
「そうそれ。その二人って確か一年に一度しか逢えないんですよね。で、今日雨が降ったら更に来年に持ち越し」
「それがどうした」
肯定の代わりの問いに小さく苦笑し、アレンは肩を竦める。
「毎年逢いたい位に想いが続くんならいっそ駆け落ちでもしちゃえば良いのに、何でしないんだろうって思ったんです。一途と言えば聞こえは良いですけど……待てるって事はつまり、一年に一回逢うだけで満足してるって事でしょう?」
……成程、そういう考え方もあるのか。
毎年この日に騒ぐ、ロマンチックやら何やらと楽しげに悲恋に酔う女達とはまた違う考え方に、神田は面白い、と内心で呟いた。そもそも織姫と彦星は既に結婚しているので―――恐らく、アレンはその辺りを把握してないのだろう―――駆け落ちというのは正しくない気がするが、其処はまぁ言わずとも良いだろう。
「僕なら、とてもじゃないけど一年なんて保ちませんよ」
言いながら伸ばされた腕がするり、と神田の首に回される。
「本当は毎日でも一緒に居たいのに」
ぽつりと零された声色に滲む切実さを感じ取り、神田は抱き付いてくるアレンの腰を引き寄せながら白い髪に頬を寄せた。どうした、と耳元に吹き込めば、アレンはむずがる様に神田の肩に額を擦り付ける。
「……明日から任務なんです」
だから、とアレンがそろりと顔を上げた。
神田が視線を向ければ、其処には強請る様な銀灰色。
「一年は絶対に無理ですけど、任務の間位は我慢出来る様に頑張りますから」
―――キミを充電させて。
そっと囁かれる願いに神田は小さく口の端を上げた。
この白い子供を欲しがる人間は幾らでも居るだろう。現に神田はそういう目でアレンを見つめる視線を幾つも知っている。
けれどアレンが見つめるのは神田だ。
自分を見つめる存在には気付いているだろうに、まるで他など知らないとばかりに。
それは酷く盲目で、馬鹿馬鹿しい程に愚かで―――何処までも一途な。
「…好きなだけ持ってけ」
胸に湧く優越感に満足げに笑いながら神田はアレンに唇を寄せる。
己の気持ちの在り様が目の前の子供と同じなのだという事には、結局最後まで気付かないままで。





- End -





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一番に浮かんだのが『タナボタ』だったもんで…(笑)
神田さんって大概一途ですよね!



(2010-07-07初出)