【必要なのは貴方の】





無遅刻無欠席、皆勤賞の鏡とも噂されるレノンが事前連絡の下遅刻したのは、丁度週の真ん中、水曜日の事だった。
「失礼しました」
からから、という引き戸が動く音と共に聞こえてきた耳慣れた声に、移動教室の為職員室の前を通り過ぎようとしていたカインはふと紅い双眸を前に向けた。
すると視界に入ったのは快活そうな茶の髪の少女。彼女はスカートを揺らしてぺこりと頭を下げると、戸を閉めてくるりとカインが居る方へと踵を返す。と、すぐにカインの存在に気付いたのか、ぱぁっと笑顔を見せてカインに駆け寄ってきた。
「カインさん!」
「来たのか」
「はい、ちょっと時間掛かっちゃいましたけど」
笑顔で肩を竦める少女にそうか、と返すと、カインは横に居たシーナにちらりと視線を向ける。
「先行っててくれ」
「ん? おう」
りょーかい、と特に理由を訊くでもなく了承したシーナは、じゃーねー、と少女に手を振りながらその場を後にした。その背中を見送った後、カインは再度少女に向き直る。
改めて見ると、彼女はとても細い体をしていた。カインが想う少女程とはいかないまでも、それでも幼い頃から武芸を嗜んでいたとは到底思えぬ程に。
―――抱き締めれば、簡単に壊れてしまいそうな位に。
「……大丈夫か」
「はい?」
ぽつりとカインが問うも、少女はぱちりと瞬いて小首を傾げる。しかし程無くして意味を察したのか、その顔に笑顔を浮かべてはい、と元気良く頷いた。
「駅員さんに褒められちゃいました。強いんだねって」
照れ臭そうに話す少女にカインは密かに眉を顰める。
そのまま幾度か唇を動かすも、結局何も言わずに溜息を一つ吐いた。ポケットから携帯電話を取り出し、きょとんとする少女を放ったままそれを操作する。
やがてぱちん、と携帯が閉じられると同時、再び溜息が零れた。
「会長命令だ。今すぐ執務室に行って来い。そう待たずに何処ぞの副会長が慌てて駆け込んでくる筈だから」
「…は?」
「いいからさっさと吐き出すなり泣くなりしてこい。そんな顔」
ちらり。
カインの細められた紅い瞳が、少女を見下ろして。
「……あいつ以外の男に、これ以上晒すんじゃねぇよ」
溜息と呆れ混じりの呟きに一つ瞬くと、やがて少女は笑顔を消して所在無さげにそろそろと俯く。
暫し落ちる沈黙。
「カインさんって」
それを破ったのは、少女の笑いを含んだ様な呟きだった。
「意外と結構、フェミニストですよね」
は、とカインが目を瞠ると同時、少女はぱっと踵を返して廊下を駆け出す。
ぱたぱたと去っていく少女の後ろ姿を見送りながら、カインは一つ息を吐いた。そんなつもりはねぇんだけどな、と頬を掻く。
と、その時授業の開始を告げるチャイムが頭上が鳴り響いて。
おっと、と瞬いたカインは、遅刻を回避すべく足早にその場を後にしたのだった。





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坊四兄弟。レノンちゃん痴漢に遭うの巻でした(わっかんねぇよ!)
そういやルーちゃん公開以前に痴漢ネタルーちゃん編も書いて、身内だけに晒したんですけど、……ファイル何処に行ったっけ?(汗笑)



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