【忠誠】





「刃物は好きじゃねぇんだよな」
ぽたり。
先程、目にも止まらぬ速さで振るわれた剣から滴り落ちる、赤い雫。
「……おっかないから」
そう言って、貴方は穏やかに微笑う。
優しく、優しく、命を狙われたばかりとは思えない程に柔らかく微笑う。
貴方がそんな風に微笑う様になったのは一体いつだったか。曖昧ながらも、それは確か竜洞から帰還した後辺りからだったと記憶している。
様々な重圧をその肩に一身に背負う貴方。大切なものを幾度となく喪いながらも、それでも挫ける事無く進み続ける貴方。
貴方がそんな風に微笑う度に、あたしの心の何処かがつきりと痛む。
そして、それはきっとあたしだけではないのだろう。特に、大人達。貴方がその微笑を浮かべる度に、彼等の瞳に罪悪感にも似た痛みが過ぎる事を、あたしも、そして多分貴方も知っている。
それでも、貴方はその微笑みを浮かべる事しか出来ないのだろう。
貴方は自分を偽るのがとても上手で、とても下手な人だから。
「メグ」
歩み寄ってきた貴方の指が、あたしの頬を拭った。
先程飛び散った血が付着したその箇所を、貴方の温かい指先が滑っていく。
「怪我、無ぇか」
向けられる微笑み。それは決して諦観ではない。諦めなど、欠片も入り混じってはいない。
その微笑から読み取れるものは、たった一つ。
それは、歩む事を決めた者の。
「…ヘーキ。ちょっと吃驚しちゃっただけ」
だからあたしは笑う。つきりと痛む胸を無視して笑顔を浮かべる。あたしの出来る精一杯の笑顔で。貴方がほんの少しでも心安らかで在れる様に。
だって貴方はもう決めてしまったのに。貴方はとっくの昔に後悔を終えてしまったのに。
なのに、わざわざ他の人間がその顔に後悔を浮かべるだなんて。
そんなの、失礼にも程があるでしょう?
「それにしてもすっごいんだねぇ。剣でも強いなんて!」
「そんな事無ぇよ。一通り習っただけで」
「んもー、謙遜しちゃって!」
だから、あたしは笑う。
貴方の心を暴くのは、あの不器用な風使いの仕事。
だからあたしはあたしに出来る精一杯の笑顔で。貴方がほんの少しでも心安らかで在れる様に。
あたしは、笑う。
それが、あたしの貴方に対する、忠誠の証。





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坊とメグが兄妹ちっくなのが、結構好きだったりします。



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