【主従的ハッピーバレンタイン】





「ハッピーバレンタイン?」
かさり、と小さな音を立てて目の前に置かれた淡い色の包みに、マッシュは軽く目を瞠ってそれを見下ろした。
暫しの間の後視線を上げれば、其処には行儀悪く机に腰掛け此方を見下ろす主の姿。その穏やかな、けれども何処か艶めいたものが覗える表情に、またこういうシチュエーションが似合う人だ、とマッシュは内心肩を竦める。
「…今日、休みを取った理由はこれですか」
「まぁな。昨日は何処の調理場もごった返してると思ったから、今日の朝からぱぱっと作っちまった」
味は保証するぜ、と微笑う主に、知っています、と返してマッシュは包みを手に取った。仄かに香る香ばしい香りに目を細め、目の前の主に向かって軽く頭を下げる。
「有難く頂いておきます」
「ん」
と、主が微妙な表情をしている事にふと気付き、マッシュは小首を傾げた。
「どうかしましたか」
「―――べぇつに?」
ちょっと、つまんねぇと思っただけ。
肩を竦めながらそう返し、主は不敵に笑みを浮かべる。
「レオンにも先刻渡したけど、やっぱお前と似た様な反応だった。生真面目な奴は反応が薄くていけねぇな」
「その分、他で楽しめば良いのでは? どうぜ用意しているのでしょう」
「バレてたか」
各国で様々な違いがあるバレンタインだが、赤月帝国は女性が男性に菓子を贈る風習の国だ。
同性が同性へ、日頃の感謝を意を込めて贈る事も無くは無いが―――やはり、少ないといえば少ない。
反応を―――恐らくそれだけではないだろうが―――楽しむ為に同性への贈り物を用意したらしい主に嘆息し、マッシュは手の中の包みを横へと置いた。
「私共に反応を期待しても無駄ですよ。期待するならフリック殿辺りにして下さい」
少々酷いマッシュの物言いに、主が喉を鳴らして楽しげに微笑う。
「まぁ、良いさ。目的はそれだけじゃないしな」
不意に翳った視界にマッシュが顔を上げた。
すると目の前には、主の整った顔が間近に迫っていて。
「カ」
次いで頬に触れた、柔らかく温かな感触にマッシュは目を瞠る。
固まってしまったマッシュからゆっくりと顔を離すと、主は悪戯が成功した子供の様な表情で楽しげに笑った。
「我が半身殿に、日頃の感謝と親愛の意を――――ってな?」
するりと腰掛けていた机から離れ、主は踵を返して扉へと向かう。
「どうせ朝からぶっ続けだろ、そろそろ休憩しろ。お薦めはダージリンだ」
じゃあな、という声と共にぱたんと閉められた扉に、マッシュは其処で漸くはっと我に返った。
先程キスを受けた頬に触れ、自分の半分も生きていない少年に良い様に翻弄されている自分にやれやれと肩を竦める。―――同時に、そんな自分も悪くない、と思っている己の心中に微笑いながら、マッシュは椅子から立ち上がり壁際の棚へと歩み寄った。
さしあたっては、主の心配を含んだ命令を実行に移す為に。





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カイン様+マッシュでした(坊ルクは…!?)
この二人はべたべたに甘いと良いよ。いっそルックすら跳ね除けちゃう勢いで(こらこら)



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