【テンプテーション】





「…助けて……たすけて、あにうえ…」
悲痛な声が、空気に響いた。
「早く…」
求める声は、当の本人に届くには遠く。
少女は胸に迫る苦しさを押し込める様に、己の護衛の胸に縋り付く。
「……はやく……」
逸る心。
囚われた己。
頭を占める感情は、無意識の内に口から滑り出て。
「…―――でなければ兄上に誑し込まれる者共が今以上に増えてしまうのじゃ――ッッ!!!」
うぎゃーっ! と王女らしからぬ奇声を上げるリムスレーアに、ミアキスはあらあらと小首を傾げて微笑んだ。
「でもぉ、姫様? きっとこれから戦争になっちゃうでしょうし、戦力獲得の為にも王子には頑張って誑し込んで頂いた方が良いんじゃありません?」
「何を言うミアキス! 兄上に頑張られては国中の人間が兄上の虜になってしまうではないか! 兄上に誑かされぬ人間などリオン位なものなのじゃぞ!」
「まぁ、確かにそうですねぇ。王子の誑しっぷりはほんと洒落になりませんし」
あれで天然って所がまた凄いですよねぇ、と感心するミアキスを余所に、リムスレーアは窓の外に向かって熱心に祈る。
「兄上に誑かされるのはわらわだけで良いのじゃ…! ああ、どうか兄上が下手に誑しオーラを撒き散らしておりません様に…!」
「姫様ぁ、それは無理なお願い事だと思いますよぉ?」
「喧しい! 溺れる者は藁にも縋ると言うではないか!」
―――絶望的な状況の中、それでも何故か王女とその護衛の掛け合いは賑やかに続き。
一方その頃、渦中の王子殿下といえば。
「―――ラン」
「…へ? ……は? ちょ、お、王子様っ? 何か近いよっ!?」
「うん、此処」
「え?」
「頬―――怪我をしている」
「……あ。な、何だ。こんなちっさい傷なんか気にしなくて良いよ、日常茶飯事な…」
「駄目だよ、女の子なのに。それにもし傷が残ったりしたら私が悲しい」
「は」
「私が悲しいよ」
「……や、あの、その」
「せめて薬を塗ろう。紋章で癒せとまでは言わないから」
「……ええと……」
「ね?」
「…………うん」
妹の心配を余所に、絶好調に人々を誑し込んでいたりした。





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5基本。
王子は天然タラシで(笑)



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