【ほんの少し、手を伸ばした先に】





庶民にはまず縁遠い筈のふわふわな寝台。さらさらなシーツ。
最初はどうにも居心地の悪さを味わったものの、影武者として使用する内に癖になってしまったその質感に顔を埋め、ロイはちらりと視線だけを上に上げた。
視界を過ぎるのは透明な銀色。さらりと流れる癖の無い長い銀髪に目を細めつつ、頭に浮かぶ思考のままロイはぽつりと口を開く。
「あんた今日、ユーラムの馬鹿息子の罠にわざわざ嵌まりに行ったって?」
さら、り。
ロイの問いに、背に流れる解いた髪を揺らしながらカフェルナーシェが振り返った。その顔に浮かぶ柔らかな微笑に、ロイは頬杖を突きながらけっ、と悪態を吐く。
「何考えてんだよ、あんた。あんたもあの馬鹿には散々な目に遭わされてるんだろ。なのに何でまたそんな相手信じてんだよ」
「信じた訳では、ないよ」
寝台に転がるロイに歩み寄り、カフェルナーシェはそっとシーツに手を突いた。見上げてくるロイの瞳を覗き込み、ふわりと人好きのする微笑を浮かべる。
「リオンと二人で出掛けたのはそれで充分対処出来ると判断したからだし、イザベル達も仲間にする事が出来た。行った価値はあったよ」
「知ってるか、それって結果論って言うんだぜ」
呆れた様に突っ込む声に、カフェルナーシェが楽しげに微笑った。
そのまま寝台の端に腰を下ろすも、人が二人乗る位では上等なそれは軋みの音が鳴る事も無い。
「確かに、そうだけれど」
近くなった距離にロイが相手を見上げれば、カフェルナーシェは手を伸ばしてシーツに散らばった茶の髪を一房拾い上げる。
「でも、私は結構彼に感謝している部分もあるんだ」
「はぁ?」
「だって、彼のお陰でロイと出逢えた」
さらりと告げられた殺し文句に、ロイの表情がぴしりと固まった。
が、すぐにはっと我に返って俯き、ね? と同意を求めてくるカフェルナーシェから赤面しそうになる顔を隠す。
(お、落ち着けオレ!)
先刻の台詞は何も深い意味は無くて、このタラシ王子は素でそのまんまの意味で言ってて!
此処数ヶ月の付き合いでカフェルナーシェの人となりを一応理解していたロイは、そんな風に必死に心中で繰り返して己を宥めた。本当に、この王子の誑しっぷりは心臓に悪いのだ。
「所で」
と、心の平穏を追い求めていた所に不意に声を掛けられ、ロイは反射的に顔を上げる。
すると其処には、いつの間にやら前髪が触れ合う程に近付いていたカフェルナーシェの顔があって。
「そろそろ寝ようかな、と思っているのだけれど」
一緒に寝るのかい? と何も含んだ所の無い表情で問われ、ロイは寝台を占領してしまっている自分に漸く思い至った。
かぁ、と紅潮する顔を今度こそ隠せぬまま、がばっと慌てて起き上がり寝台から飛び降りる。
「な、何言ってんだ! 自分の部屋で寝るに決まってんだろ!!」
言い捨てながらじゃあな! とばたばたと部屋を出て行くロイの背中を見送り、カフェルナーシェはきょとんと目を丸くした。しかしやがて衝動のままにぷっと吹き出すと、くすくすと微笑いながらぱたりとシーツの上に倒れ込む。
「お休み、ロイ」
その挨拶は、真っ赤になって暗い廊下を走るロイには、結局聞こえる事は無かったのだけれど。





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王ロイじゃないですよ?(どの顔をしてそれを言うか)



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