【傍観者の境界線 2】





それは、確かに空気が弾ける様な感覚だった。
「……マジか…」
星辰剣の刃が地面に突き刺さった瞬間、魔力の弱いビクトールですら感じ得た波動。それに驚くが早いか、其処彼処に居たゾンビ共が崩れる様に塵になっていって。余りの光景にビクトールは只々唖然とする。
そんなビクトールを叱咤したのは、その光景を作り出した張本人であるカインだった。
「…―――何やってる! 早くしろ!!」
怒声にびくりと肩を揺らしたビクトールは、我に返るが早いか慌てて頷き走り出す。
先程まで逃げ惑っていた市民達に向けて逃げる様せっつき始めるその姿を見届けた後、カインはふ、と浅く息を吐いて地面に膝を突いた。柄を握り締めたままの星辰剣に凭れ掛かる様にして俯き、眉を顰めてち、と舌を鳴らす。
つぅ、と、その頬に汗が一滴伝った。
『やはり無茶だった様だな』
「……るせぇよ」
『月を私と生と死で抑え、月が亡者に与えた、死して尚生きる為の仮初の魂を私が剥ぎ取り、生と死が喰らう。発想は良かったが、今の月を扱うのはネクロード自身の魔力ではない。奴が今までに屠ってきた人々の血と、その魂だ。それを真っ向から抑え込むには、お前はまだ若過ぎる』
ネクロードに直接仕掛ける方が、お前には楽だっただろう?
そう問い掛ける星辰剣に、カインは力無くくすりと微笑う。
『何だ』
「……俺がそれをやっちゃ、拙いだろ?」
『…………』
沈黙する星辰剣にくすりともう一つ微笑い、カインは目を伏せた。
「あいつの眼は…ずっとぎらぎらしてた。穏やかで、柔らかい癖に、…永遠に消えない炎みたいに、奥底でずっと何かが燻ってた」
それの正体に気付いたのは、グレミオを失って少し経った頃。
復讐という殺意を、心に知った後の事。
「……俺には許さないって事が、出来ない。だからあいつがほんの少しだけ羨ましい。羨ましいから、その復讐を手伝ってやりたいとも―――…思う」
瞳を開いて俯けていた顔をほんの少しだけ上げ、星辰剣と向かい合ったカインはほんの少しだけ首を傾げる。
「……馬鹿らしい考えだろ?」
『確かにな。だが、悪くはない』
肯定とも否定とも取れる答えに、カインの瞳がぱちりと瞬く。
―――と、同時に少し離れた箇所の土が、ぼこりと蠢いた。
「……限界か…」
ちらりと視線を向ければ、其処には土から這い出る様にして現れた屍。ふと見渡せばいつの間にやら幾体にも囲まれている状況に、カインは苦笑気味に口の端を上げる。
「カイン…!!」
遠くから聞こえるビクトールの叫び声。
しかし恐らく彼が駆け付けるよりも、周囲のゾンビ達に襲われる方が早いだろう。
「…だからって諦める気は無ぇけど、な―――…」
ぽつりと呟いたカインは、力の入らない体を叱咤して右手をぎゅう、と握り締めた。
ゾンビ達の手が迫る。
カインが視線を上げ。
そして。
「触らないで」
その瞬間、ごう、と強い風が吹いた。
不意にカインの周囲に吹き荒れた風が、ゾンビ達を吹き飛ばし、切り刻んで塵に返す。
突然の事に眼を瞠ったカインは、けれどもすぐに脱力した風に肩の力を抜いた。ぐらりと揺らいだ体を、後ろから細い両腕が受け止める。
己を抱き留める腕の主を見上げ、カインはふ、と息を吐いた。
「疲れた」
「馬鹿な事するからだよ。ネクロードに直接仕掛けるならともかく、幾ら時間が無かったからってこんな無茶なやり方」
星辰剣と似た様な事を溜息混じりに呟き、ルックはカインの額に浮かんだ脂汗を掌で拭う。
その時、ばたばたとビクトールが駆け寄ってきた。
「カイン、大丈夫か…!」
「…五月蝿ぇよ」
慌しく二人の傍に膝を突いたビクトールは、カインのその白い顔色に絶句する。言葉を失ったビクトールに苦笑し、カインはちらりと背後のルックを見遣った。その視線に応える様にルックが頷き、ビクトールに顔を向ける。
「市民の避難は終わったの?」
ふと投げ掛けられた質問に、ビクトールがはっと顔を上げてルックを見た。
「あ、ああ…」
「じゃあもう此処に居る必要は無い。逃げるよ」
星辰剣を、と促され、ビクトールは慌てて星辰剣を地面から引き抜いた。と、同時に再び周囲の地面が蠢き、亡者がゆっくりと顔を覗かせる。
しかし彼等が完全に這い出る頃には、其処には既に吹き荒ぶ風が残るのみだった。





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何となく気が向いて続きを書いてみた。
でもあんまりルックが目立たなかった…(涙)

よーするにカイン様は、真っ向勝負ならネクロードに勝てますが、小手先勝負となると経験値の差で分が悪いっつー事です(この時点ではまだ魔力的には成長期中)



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