【墜】





敢えて理由を作るとすれば、何となく―――だろうか。


何となく、暴いてみたくなったのだ。
只、何となく。

何となく。





眩しい陽射しに満たされた、休日の午前八時。
まだまだ惰眠を貪っていたいそんな時間帯にやって来た予想外の来訪者に、リンは部屋のドアを開いた態勢のまま固まっていた。
「お早う、リン」
そんな相手の状態など意に介した風も無く、先程インターフォンでリンを叩き起こしたレフィルは爽やかに微笑う。
そのまますぅ、と目を細め、軽く首を傾げた。
「……居るでしょう?」
疑問系ではあるものの明らかに確信めいた言葉に、リンは一つ息を吐いてレフィルを室内に促す。ぱたんとドアが閉まる音を耳にしながら踵を返し、部屋の奥に進みながら視線だけで靴を脱ぐレフィルを振り返った。
「何故判った?」
「昨夜リオが、『カインがおかしい』って言いだしたものだから」
「?」
首を傾げるリンに、レフィルは淡々と言葉を続ける。
「あんまりにも不安そうだったし、カインに連絡も取れなかったから何人かに当たってみたんだ。そうしたらテッドが、君がカインと一緒に帰るのを見たって教えてくれてね」
「……よく、判らないが。それは、リオがカインの異変を察した、という事か?」
「そう受け取って貰って構わないよ」
「双子というのは、其処まで通じ合うものなのか?」
「さぁ。でもあの子達は昔からそうだったよ。今より幼い頃はもっと顕著だった」
あの頃は多分、お互いの区別も出来てなかったんじゃないかな。
そう呟いたレフィルは、リンに通された室内に視線を遣り、ふぅ、と一つ重い溜息を吐いた。
部屋の端に置かれたパイプベッドには、素肌にタオルケットだけを被ったカインの姿。その肌には明らかな、幾つもの情事の痕。
眠り続けるカインを一頻り眺めた後、もう一つ溜息を吐いてレフィルは横に立つリンを視線だけで見遣る。
「どうして?」
主語も何も無い端的な問い掛けを、それでもリンは正確に察した様だった。別に、と呟き、カインが眠るパイプベッドの端へと腰掛ける。
「成り行きだ」
「成り行きで、君はたった十三の子供を抱くの?」
「僕達だってまだ十五だ。これと二つしか違わない」
「そうだね。君が、本当にカインを好きでこの子を抱いたんだったなら、その言葉も素直に受け取ったのかもしれないけど」
さらり。沈黙したリンの手が、カインの漆黒の髪を撫ぜた。
その様子を眺めるレフィルの朝日色の双眸が、冷たく細められる。
「本当に余計な事をしてくれたね、リン。カインにだけは、体だけの快楽は覚えて欲しくなかったのに」
「それこそ無駄な願いだろう。例え僕が抱かずにいたとしても、いつか誰かがこれに目を付ける。これの本質は蜜だ。無自覚に、無意識に全てを惹き付ける」
「…………」
「僕だって、友人としてこれは気に入っている。傷付く事など望んでいない。―――せめて、先に覚えさせていた方が良いと思っただけだ。何も知らないまま、唐突に誰かに蹂躙されて決定的な傷を負うよりはマシだろう?」
「詭弁だね」
「だが、道理だろう」
あっさりと返したリンに、レフィルはまた一つ溜息を零した。
「もう一つ訊いても?」
「何だ?」
「君が、カインを本当に想う様になる可能性は?」
一瞬の間の後、リンは静かに首を横に振る。
「誰も、先の事など答えられない。が、可能性は―――低いだろうな。第一、そうなるべき相手は僕じゃないだろう」
自覚はしていない様だが、とのリンの呟きに、レフィルは同意する様に肩を竦めた。
「本当にね。さっさと自覚していてくれたら、話は早かったのに」
「ルックが全て、と公言する輩とは思えない発言だな。あれが怒り狂うんじゃないのか」
「勿論、ルックは僕の全てだよ。でもカイン達は、それとはまた別の所で一番大切なんだ」
守ると、決めたんだよ。
そう、口の中で呟く様に囁き、レフィルは静かにリンを見下ろす。
「一応、カインの事を考えての行動の様だから、今は何もしないでおいてあげる」
「有難い事だな」
「安心するのは早いよ? もしカインが泣いたら、その時は死んだ方がマシな目に遭わせてあげるから」
覚悟しておいてね。
ちらりと冷ややかな視線を向けられながらの忠告に、リンは肩を竦める事で返事を返した。カインを起こすその様子を横目で眺めながら、昨晩の出来事に思いを馳せる。
正しかったとは、思わない。
けれども間違っていたとも思わない。
只、願わくば、その笑顔が消える事の無い様にと――――。
(……僕も、大概甘い)
内心密やかに嘆息し、リンはちらりと視線を向けた。その視線に気付いたのか、起き上がるカインの視線がリンへと移る。
快楽を知り何処か艶めいた色を携えたその双眸は、それでも。





敢えて理由を作るとすれば、何となく―――だろうか。


何となく、暴いてみたくなったのだ。
只、何となく。

何となく。



自分を。





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修羅場でした(笑)
リンはまだトロイさんと出会う前です。



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