【A happy sexual life to you? 3】





「カイン」
ノックと共に入っても良い? とドア越しに呼び掛ければ、即座に返ってくる端的な答え。それにほっと頬を緩ませてルーがそっとドアを開くと、室内では丁度カインが寝巻きの下衣を穿き終わったところだった。
上半身裸の相手にも物怖じする事無く部屋に入ってくる少女に、この慣れ具合はどうだかなぁ、とカインは内心密かに嘆息する。
「シィンとルゥは?」
「フィー兄さんが寝かし付けてくれてる」
「そうか」
カインが頷きながらベッドに置いたままだったシャツを手に取る。その動作を何とはなしに見つめ、ふと視界に入った右脇腹の大きな傷に、ルーは目を細めた。
その傷がどうして出来たものなのか、ルーは知らない。
けれどルーは知っている。リオが傷を目にする時、その瞳に酷く苦しげな、恐怖にも似た色が宿る事を。レフィルが傷を目にする時、その瞳に痛ましげな、けれども強い決意を秘めた色が宿る事を。
カイン自身が全く気にしていないのに、二人がそんな風に気にするのはどうなのだろうとルーはいつも思っていた。思うだけで、口に出す事は無いのだけれど。
そう、カイン自身はもう、傷と、それに関係する事柄を己の内で消化し終わっているのだ。聞いた事は無いけれど、その位はルーにも見ていれば判る。
けれど、恐らくリオとレフィルはカインの様に納得出来てはいなくて。だからこそあんな目をするのだろう。
カインがかわいそうだ、とルーはぽつりと心の内で呟いた。
でも、事情を知らない自分がそれを口に出すのは、酷くおごがましい事の様に思えてしまって。けれども知ってしまうのはまだほんの少し怖くて、だからずっと何も言えぬままで過ごしている。
自分の勇気の無さに内心溜息を吐きながらルーがふと見れば、カインはいつの間にやら既にシャツを着終わっていた。脱いだ服を片付けようとしているカインの脇腹、傷のある場所に服越しに触れれば、ぴくりとその肩が震えて紅い視線が少女に向く。
どうした、と視線で問うてくる瞳に、ルーは何も言わぬままカインに抱き付いた。
「ルー?」
「……い?」
「あ?」
聞き取れなかったのか、怪訝な響きで問い返してくる声に、ルーは顔を上げてカインの顔を見上げた。
「…痛い?」
何を訊かれているのか判らなかったらしく、カインはぱちりと瞬いて小首を傾げる。そんなカインの右脇腹にルーの手がもう一度触れると、カインは漸く得心がいったのか、その顔にふわりと苦笑めいた微笑を浮かべた。
「いいや」
「本当?」
「ホント。知ってるだろ、痛むのは雨の日位だ。それも偶にだしな」
大丈夫だ、と念を押され、それでやっと納得したのかルーは顔を綻ばせる。すり、と胸元に懐いてくる少女に頬を緩ませ、カインはその華奢な体に腕を回した。髪を梳いて白い頬を撫ぜ、ゆるりと顔を上げてきたところでそっと唇を重ねる。
「……ん…っ」
啄んで、擽って。暫しの戯れる様なキスの後に仕掛けた濃厚な口付けに、ルーの喉が甘い吐息を零した。きゅう、と背中のシャツが握り締められる感触に薄く微笑い、カインは壊れ物を扱うかの様に少女の体を抱き上げる。まるで羽の様に軽い体をベッドの上にぽすんと落としてキスを終えれば、涙と情欲で潤んだ翠蒼の瞳が真っ直ぐに見上げてきて。その視線に体の奥に火を点けられるのを感じながら、カインは己と少女を宥める様に傍のこめかみに口付けた。
「……にいさん、は…?」
「今夜はもう大丈夫だろ。…多分」
拙い呟きにカインが答えると、多分、と付け加えた事が可笑しかったのか、ルーはカインの下でくすくすと微笑う。むっとしたカインが白い首筋に軽く噛み付けば、わ、と驚いた様な声が上がった。
その反応に満足げに微笑い、カインはちゅ、とルーの額にキスを落とす。
と、ふと少女が何かに気付いた様子で視線を巡らせた事に気付き、カインは頬に口付けながら小さく問い掛けた。
「どうした?」
「…ん、何か……甘い…香料っぽい匂いしない? 苺みたいな…」
ぎくり、とカインの顔が強張る。
珍しくあからさまに動揺を露にした相手に、ルーはぱちくりと目を丸くした。
「……カイン?」
怪訝に問うてくるルーに、カインははっと我に返ってあわあわと問い返す。
「な、何だ?」
「いや、何だって……どうしたの?」
「別に何も」
さらりと返される答えは挙動不審さを更に増長させた。
怪しい。
何か怪しい。
これは問い詰めてしまわねばとルーが体を起こし掛けて。
しかしその時。
「「……ルゥ?」」
突然ノックも無しに開いたドアに、カインとルーはぱちぱちと瞬いて声を重ねる。
その呼び掛けに尖らせていた唇を更に尖らせたルゥは、ぱたぱたと駆け寄ってよじよじとベッドによじ登り、ぽすんとカインの腹に体当たりする。その不機嫌な様子に小首を傾げ、カインは小さな体を抱き上げた。
「ルゥ、どうした?」
「…………」
「シィンかフィー兄は?」
問い掛けてもいやいやと首を振って顔を胸に押し付けてくる幼子に、カインは一つ息を吐いてぽんぽんと宥める様に背中を叩く。
「眠たいのに寝れないのかな?」
「そんな感じだな」
感情が高ぶったままな故に、眠りたいのに眠れない、というのは子供には時折ある事だ。特にルゥは精神的に過敏な部分があり―――けれども表面的には変わらないので、それがまた厄介なのだが―――そういった夜が特に多い。
「にいさまぁ」
と、そのままルゥを宥め続けていると、開いたままのドアの向こうからシィンがひょっこりと顔を出した。
両手に持った二つの枕をずるずると引きずりながら歩み寄ってきたもう一人の幼子の体を、ルーがよいしょと抱き上げる。
「あのね、あのね、ルゥがおねむなのにねれなくてやだーって」
「みたいだな。フィー兄は?」
「はちみつミルク作ってあげるってキッチンにいっちゃった。でもまってるあいだにルゥがいっちゃったから、おいかけてきたの」
「…枕付きでか」
うん! と元気良く頷く弟にやれやれと肩を竦め、しかしカインの内心は神様有難う!! と万歳三唱状態だった。
ちらりとルーを見れば、彼女は既に子供達に意識が向いている様で。後でうっかりサイドボードの引き出しに突っ込んだままだった例の物を早急に処分してしまわねば、とルゥの背中を撫ぜながらカインは算段を立てる。
「…あ、こっちに居たんだね、二人共。御免ね、カイン」
「いや。…ルゥ、フィー兄来たぞ。蜂蜜ミルク飲むか?」
「…………」
「そんな事言わずに、ちょっとだけで良いから飲め。な? 折角作って貰ったんだから」
「フィーにいさま、ぼくもー」
「はい」
「わぁい! ありがとー」
「シィン、飲みすぎちゃ駄目だよ。夜中にトイレに行きたくなっちゃうから」
「はぁい」
…………使える訳が無かった。はっきり言って。





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ゴムネタ続きでした。
リオレノがギャグ→シリアスだったので、カインルーはシリアス→ギャグで行ってみました。ご期待に添えれなかった様な気がひしひしと致します。

あと1回続きます(笑)



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