【誓】





病的な清潔さのある廊下はしんとしていて、それが酷く心をざわつかせた事を覚えている。


「絶対にご無理をさせてはいけませんよ。まだ容態は安定していらっしゃらないそうですから」
自分を其処まで連れてきた父の部下にこくりと頷き、レフィルは音を立てない様にしてその部屋へと足を踏み入れた。
聞こえるのは規則正しい機械音。ある意味耳障りなそれにほっとする。その音が聞こえているという事は、心臓がちゃんと動いているという事だから。
広く白い部屋の中、ぽつんと奥に置かれた広いベッドにそろりと歩み寄れば、其処にはぐったりと横たわる弟の小さな体。呼吸器と点滴の管、そして医療機具の配線に繋がれたその姿は見ていて酷く痛々しく、レフィルは思わずシーツの上に力無く置かれた手を取った。
と、ふっ、と紅い瞳が開かれて。
ゆるりと自分へと向けられるカインの双眸に、レフィルはふわりと微笑んでひやりとした手を握り締める。
呼吸器の奥で何か言おうと動く唇に、喋らなくて良いよ、とそっと囁き、手を伸ばして漆黒の髪を撫ぜた。
「痛い?」
問えば、カインはぎこちなく微笑って首を横に振る。
そんな筈が無い。未だ容態が安定しない程の重傷なのだ。加えてレフィルは、恐らく傷は一生残るだろう、と先日医師が両親に告げていたのを偶然耳にしてしまった。幾ら鎮痛剤が与えられているといえど、幼い体には身に余る程の痛みがあるに違いない。
それでも気丈に微笑う弟に小さく微笑い掛け、レフィルは出来るだけ室内の空気を震わせない様にカインに囁き掛ける。
「あのね、引っ越しが決まったよ」
ぱちり、カインの瞳が瞬いた。
「本家がある国に行くんだ。カイン達はまだ行った事は無かったよね。この国より治安が良いし―――ああ、四季の移り変わりがとても綺麗だよ。シーナっていうカイン達と同い年のはとこも居るし、テッドっていう僕の親友も居るんだ」
ガードが居なくても一杯遊べる様になるよ。
そうぽつりと続けたレフィルの言葉に、カインはぱちぱちと瞬き、やがて微笑って小さく小首を傾げる。それにうん、と頷き、レフィルは再びカインの頭を撫ぜて。
「一緒に遊ぼうね」
優しく告げられた約束に、カインがこくり、と頷いた。
未だ限られた極々小さな世界しか知らない、大切な大切な弟。
生まれゆえの脅威に晒された後も、変わる事の無い純粋さに安堵を覚えながら、レフィルは胸の内に生まれた誓いにそっと微笑む。
と、カインの視線が、ふとレフィルとは反対の方へと向いて。
その視線の意味を即座に察し、レフィルは目を細めて頷いた。
「…うん、判ってるよ」
カインの視線の先には、その腕に縋り付く様にして蹲って眠る、もう一人の弟―――リオの姿。
引っ越しが決定した要因の一つでもあるリオの、その焦燥した様子の顔色に、レフィルは一つ息を吐いてカインに視線を向ける。
「まだ暫くは……駄目だろうから、一緒に居させてあげて。もう少しマシになったら―――ね?」
小首を傾げての囁きに、カインは再び小さく頷いた。
その様子に微笑んで手を伸ばすと、レフィルは眠るリオの頭を撫ぜ、次いでカインの頬をそろりと撫でる。
「守るよ」
それは恐らく、ずっと―――ずっと前から胸の中にあった、想い。
「二人は、僕が守るからね」
力強く囁き、レフィルは仄かに温まってきたカインの手をそっと握り締めた。
弱々しく握り返されるのに淡く微笑み、ゆるりと目を伏せる。
「絶対に」





それ以降、レフィルはその言葉の通り行動し続けた。
そして新しい弟が生まれ、両親が死に、掛け替えのない存在を得た今も尚、その誓いは常にレフィルの胸の内に息づいている。





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シリアスシリアス。
レフィルさん小学生……小学生?(ありー?)ネタバレが多過ぎた為、書いた後に滅茶苦茶削ってしまいましたよ(汗笑)



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