降り出してすぐに土砂降りになった雨に打たれ、ルックは立ち尽くしていた。
怖くない。怖くない。
そう自己暗示を掛けようとしても、体は勝手に竦んでしまう。震えも止まらない。
先程から度々光轟くそれに、体は意思を無視して勝手に怯え恐怖していた。
(怖く、ない)
嘘だ。
本当は、怖い。
けれどそんな事でどうするのか。いつでも傍に居られる訳ではない。そしていつか離れる事になるのは明白なのだから。
だからせめて慣れようと、わざわざ仕事をさぼってまでこんな事をして。
「………怖、く…」
声が震える。
鼓膜を叩く怒号に心が挫けてしまいそうになる。
「……な……」
否、もう――――…。
「ルック!!!」
下方から自分を呼ぶ声に、ルックの浅い呼吸が一瞬止まった。
翠蒼の視線がゆっくりと下を向く。屋上の更に上、城の岩壁のほんの少しだけ飛び出た部分に立つルックを、苛立たしげにカインが見上げていた。その瞳の紅に、ルックの体の力が無意識の内に僅かに抜ける。
「こんな雨ん中何やってる!! さっさと降りて来い!!」
土砂降りの雨音に負けぬ様にカインの声が張り上げられた。
その、時。
「――――ッ」
頭上で一際眩しく輝いた、閃光。
一拍の後、鼓膜を破るかの様な轟音が響き渡って。
微かにルックの喉を抜ける小さな悲鳴と、大きく見開かれる翠蒼の瞳。
強張り竦んだ足が、雨で濡れた岩肌をずる、と滑る。
カインの足が水飛沫を上げて、石畳を蹴った。
「……ッ…」
雨が強く体の至る所を叩き付ける。
腕の中の華奢な体を一呼吸遅れて認識し、カインは深々と溜息を吐いた。苛立ちと共に息を吸う。
「何やってんだ、この―――…!」
馬鹿、と続ける筈の怒声は、見下ろしたその姿に声にならずに掻き消えた。
青褪めぎゅっと固く閉じられた瞳。
カタカタと肩を震わせ、必死に自分に縋り付く腕。
「……ったく」
あっさりと霧散していく苛立ちに一つ嘆息し、カインはそっとその体を抱き締める。
「…―――ばぁか」
濡れた薄茶の髪をそっと撫でて。
強張る背中を優しく宥めて。
「大丈夫だ、此処に居る。…もう、怖くない」
固く閉じられた瞼にそっと口付けが落ちると、そろそろと翠蒼の瞳が薄っすらと覗いた。安心させる様にカインが微笑い掛ければ、潤んだ瞳は感情の入り混じった彩で揺れる。
「……――、よ…う」
「…ん?」
「……どう、しよう―――…」
何が、とカインが小さく問うも、ルックの唇はもう戦慄くのみだった。
再度溜息を吐き、カインはルックを抱き締め直してその唇を塞ぐ。
雨とも涙ともつかぬ雫が、白い頬を伝った。
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