数刻後。
漸く仕事を終えて自室に戻ってきたルックは、掛けられた鍵を開けてゆっくりと扉を開いた。
すると視界に入る室内の光景に、小さく吐息を漏らして室内に体を滑り込ませる。音を立てない様に扉を閉め、出来るだけ足音を立てない様にして部屋の奥に置かれた寝台へと歩み寄った。傍のサイドボードに荷物を置き、寝台の端へそっと腰掛ける。
静かに視線を向ければ、寝台の上には眠り続けるカインの姿。その瞼は一向に開く気配を見せない。
かなり疲れていたようだ、という己の副官の言葉を思い出し、ルックは密かに嘆息した。それはそうだろう。目が見えないという、普段とは全く違う状況で不特定多数の人間に追い掛けられたのだ。疲れない筈が無い。
全く何を考えてるんだか、と軍主の正気を疑いつつ、ルックはそろりとカインの頬に手を伸ばした。
やんわりと包み込めば、掌に感じる滑らかな肌の感触と、温かな体温。堪らないそれにもっと触れたい、と思って。けれど疲れているのだから、と己を律し、ルックは包み込んだ頬から手を離す。
「……ッ?」
しかし離れきる寸前に何かに手を引き留められ、ルックは目を瞠った。
己の手を包み込む、一回り大きな節ばった手。いつの間にやらぼんやりと開かれた紅い双眸にルックが息を飲んでいると、カインは幾度か不思議そうに瞬いた後、やがて得心いった風に小さく息を吐く。
「…―――暗いな。ルック、今何時だ?」
そうして躊躇無く呼ばれた自分の名に、ルックは更に目を見開いた。
(…どうして)
今、確かに目は見えてない筈なのに。
自分はまだ一度も声を発していないのに。
なのに何故。どうして。
――――疑いなど欠片も入り込む隙さえ無い様なそんな声で、自分を呼べるのか。
「? ルック?」
「……う、して…」
「あ?」
目を細めるカインから顔を逸らし、ルックは俯いて。
「…何で、僕だって思うの。もしかしたら声だけ似せた、全くの別人かもしれないよ」
今は目が見えてないんだから。
そう呟くルックに瞬き、カインは小さく首を傾げる。
が、やがてふ、と柔らかく表情を緩めて。
「じゃあ、逆に訊くけど。俺がお前の事を判らないとでも思ってんのか?」
「―――ッ…」
くすり、と笑まれながらの問い掛けに、ルックは再び息を飲んだ。
顔を伏せたまま、カインの目が見えてなくて良かった、と不謹慎な事を思う。だってこんな―――赤く染まった顔なんて、とてもじゃないけど恥ずかしくて見せられない。
「ルック」
伸びてきた手に抗えず、ルックはカインの腕の中に収まった。先程まで眠っていた体はいつもよりほんわかと温かい。ルックが知らずほう、と息を漏らせば、カインは小さく微笑って傍にある髪に口付ける。
と、不意に耳に届いたしゅる、と腰帯を解く音に、ルックははっと我に返って慌ててカインの胸を押した。
「ちょ、何してるの!」
「何って……腰帯解いてる」
「そういう事を訊いてるんじゃない! 疲れてるんじゃないの!?」
「寝たから大分回復した。けど精神的疲労はそのままなので」
何処か楽しげににっ、と口の端を上げると、カインはぐいっとルックの腰を引き寄せる。
「確かめさせろよ。―――見えない分、お前を」
息が掛かる程に傍で囁かれた言葉に、ルックはかぁ、と頬を染めた。暫しの逡巡の後、おずおずと体から力を抜く。
あんな事を告げられて、もう拒否出来る訳が無かった。










「……ふ、ぅ…ッ」
くちゅ、と濡れた音が脳髄に響く。
腰を支えてくれる手が微かに肌を滑るごとに、背筋がぴん、と引きつって。その度に倒れそうになる体を支えようと、ルックは反射的にカインの胸に両手を突いた。
濡れた視線で見下ろせば、快楽に染まったカインの表情。自分と体を重ねる事で、カインが感じてくれているのがどうしようもなく嬉しくて。荒い息もそのままに体を屈めて唇を重ねれば、お返しとばかりに深く口内を貪られる。
「ん…んン、っ……ぁ…」
「ルック…」
「―――ひ、…あ、あ、あッ、や…っ…!」
唇が離れるが早いか下から突き上げられ、ルックは堪らずその華奢な体をしならせた。全身を駆け巡る快感にぎゅう、と固く目を閉じ、ふるふると首を横に振る。
見えないまでも雰囲気でルックの様子を察したカインは、ふ、と顔を綻ばせ緩く目を細めて。
「……やっぱ、目は見える方が良いな」
「あ、…な、なに…ッ…?」
快楽に翻弄されながらも必死で問い返してくるルックに小さく微笑い、カインは手を伸ばして手探りでルックの髪を掻き上げた。そのままそっと引き寄せ、その頬にちゅ、と口付ける。
「お前のイイ顔が、見れねぇ」
楽しげに、けれど何処かつまらなそうに囁かれた言葉に、ルックは濡れた瞳を瞬かせた。
しかしすぐに自ら体を屈めると、カインの唇へと触れるだけのキスを落とす。
「…じゃあ、また二日分見れば、良いよ。……明日にでも」
そうしてぶっきらぼうにぽつりと告げられた言葉に、カインは目を丸くして。
けれどやがてそうだな、と。
嬉しそうに、微笑った。





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