A dozen Red Roses
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人々のざわめきが広がる朝の食堂。その片隅で食後の緑茶を啜っていた神田の目の前にふわりと差し出されたのは、控えめなラッピングに包まれた、目にも鮮やかな十二本の赤いバラだった。
「…………、………………、…何だ」
暫しの葛藤と沈黙の後、神田は目の前の人物を見上げぽつりと呟く。少々呆れた様な視線になってしまったのは致し方無い。
すると神田にバラの花束を差し出した張本人であるアレンは、柔らかく微笑んだままことりと小首を傾げた。
「今日はバレンタインデーなので。…あ、流石にバレンタインが何か位は知ってますよね?」
「…一応な」
アレンの言葉で今日が何の日であるかを知るに至り、神田は軽く眉を顰める。
コムイが科学班室長の地位に就いてからというもの、この様なイベントはやけに教団に浸透する様になった。神田とてその意図が判らぬ訳ではないが―――浮かれた行事には巻き込まれたくない、というのが本音である。
この後帰る私室の、恐らく贈り物が山程ドアの前に積まれているであろう―――手渡しでは、神田はまず受け取らない為―――惨状を思い浮かべ、神田はうんざりと皺が寄った眉間に親指を押し当てた。今年はどうやって処理してくれようか。
「神田?」
と、ふと鼓膜を揺らした呼び掛けに、神田は目の前のアレンに意識を戻す。
不思議そうに自分を見つめてくる少年の顔を暫し見返し、次いで視線をゆっくりと下ろせば、其処には真紅と呼ぶに相応しいバラの花束。その艶やかな花弁と漂ってくる芳香に、花に疎い神田でもその高級さは窺い知る事が出来た。
ち、と一つ舌を鳴らし、神田はアレンを軽く睨み上げる。
「花ならリナリーにでもくれてやればいいだろうが。人を女扱いするんじゃねェ」
「コムイさんに殺されるからそれは絶対嫌です」
「あ?」
真顔で答えるアレンに、その言葉の意味が判らず神田は怪訝に眉を寄せた。そんな神田の様子に一つ息を吐き、まぁ知らないとは思ってましたけど、とアレンは軽く肩を竦める。
「これでも結構悩んだんですよ? 神田って甘い物嫌いだし、物増やすのも好きじゃないし」
で、あれこれ悩んだ末、結局ベタにいってみる事にしたんです。
そう続けた後、アレンは再び神田に花束を差し出した。
ちらりと向けられる漆黒の双眸にふわりと微笑い掛けて。
「一ダースのバラ―――ダーズン・ローズっていうんですけどね。この十二本のバラには各々意味があるんです」
「意味?」
「ええ。感謝、幸福、愛情、情熱、真実、栄光、尊敬、努力、誠実、信頼、希望。そして―――永遠」
アレンの右手が花束から離れ、神田の胸元に流した髪へと伸ばされる。そのまま艶やかな漆黒をそっと一筋掬い上げ、アレンはそれに愛おしげに口付けた。
「その全てをキミに誓う。……だから、受け取って貰えませんか?」
さらり、とアレンの右手から漆黒の髪が滑り落ちる。
微笑んだまま向けられる銀灰の双眸に宿るのは、ただただ真摯な相手への恋情。
己へと真っ直ぐに注がれるそれを暫し黙って甘受していた神田は、やがて目を細めてちっ、と舌を鳴らした。おもむろに手を伸ばしてアレンから花束を引ったくり、其処からバラを一本抜き取る。
「神田?」
受け取って貰えた喜びに顔を綻ばせつつ、アレンは神田の行動に不思議そうに首を傾げた。
そんなアレンを余所に、神田は抜き取ったバラの茎―――棘は、ちゃんと全て取り払われている―――を短めに手折る。そのままふとアレンを見上げ、不思議そうにしたままの彼に手を伸ばし、頬に掛かる白髪を耳に掛けて。
「カ」
そうしてそっと白い髪に飾られたのは、目にも鮮やかな一輪の真紅。
「……俺は何も用意してねェんだよ」
余りにも予想外過ぎる相手の行動に硬直してしまったアレンを放り、神田は立ち上がってくるりと踵を返した。性急に立ち去ろうとする神田のその手には―――しかし、十一本に減ったバラの花束がしっかりと握られている。
「…………」
神田が居なくなったその場で、やがてアレンはそろそろと手を持ち上げた。……その頬は、何処となく赤い。
指先に触れるのは瑞々しい花弁の感触。
ダーズン・ローズ。十二の意味を持つ、十二本のバラ。
そして其処から抜き出されたこの一本。
「………ええ、と?」
さて、その意味は?










「……ていうか、二人共判ってんのかね? 此処って一応公共の食堂…」
「あら、良いじゃないの。知ってる? 十二本のバラって、生涯に一度だけ贈るものって言われてるのよ。素敵よね」
「や、知ってるけど………うん、もういいさ…」
















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日記より再録。
アレ神じゃない!アレ神じゃないんだ!(必死)

アレン様は意識的に気障な事をしそうですが、神田さんは無意識に気障な事をしそうな気がします。



20090330up


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