一日下僕宣言
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あふ、と噛み殺し切れない欠伸が神田の口から零れた。
「………眠ぃ」
時刻は午前六時過ぎ。昨夜色々した割にまだ人目の少ないこの様な時刻に目が覚めたのは、やはり日々の習慣の賜物といったところだろう。といっても神田が普段鍛錬の為に起きる時刻はもっと早いし、今現在六幻の代わりに手元にあるのは新しい水の入った水差しである。
すぐ戻るという意思表示として六幻は部屋に置いてきたが、恐らくその行動は無駄になるだろうと神田は踏んでいた。尤も、無駄になるならなるでそれは別に構わないのだが。
人気のないエクソシスト棟の廊下を進み、神田は辿り着いた自室へと音を立てない様に滑り込む。途端に飛んできて懐いてくるティムキャンピーを適当にあしらいながら視線を向ければ、ベッドの上ではアレンがうつ伏せになって枕に顔を埋めていた。苦しくないのだろうかと単純に疑問に思ったが、肩の呼吸の動きを見るにどうやらすでに目覚めているらしい。まだ暫く起きないだろうという予想が外れた事を意外に思いつつ、神田はサイドボードに水差しを置いてベッドの端に腰を下ろした。
「モヤシ」
「…………」
「…おい?」
「………………」
白い髪を梳きながら呼び掛けるもアレンは無反応。
沈黙に非難という名の無言の圧力を感じ取り、神田ははてと小首を傾げる。
「何で怒ってんだ。ちゃんと加減しただろうが」
さも不思議そうな神田の呟きにアレンの肩がぴくりと小さく震えた。暫しの沈黙の後ゆっくりとイノセンスの左腕がシーツの上を彷徨い、やがて探し当てた神田の腕を掴むとそのままぎゅう、ときつく握り締める。
「……確かに加減しろとは言いましたが、その代わりにしつこくねちこくしろとは誰も言ってませんよ…!」
掠れくぐもった声に神田はぱちりと瞬いた。
先日の事だ。任務明けに久方振りに会えた勢いで、神田はベッドに引きずり込んだアレンをうっかり加減を忘れて激しく貪った。
勿論合意の上なのだがら結局のところお互い様なのだが、その翌日のアレンの疲労困憊振りは凄まじく、体が痛い特に腰が痛い女性じゃないんだからもうちょっと考えろ! と叱られた事はまだ記憶に新しい。
そんな訳で昨夜は激しくしない代わりに、じっくりと堪能させて貰ったのだが。
「何か問題でもあったか」
ない筈だ、と神田は胸の内で呟く。何せここぞとばかりに丁寧に、体も心もとろとろに蕩けさせてから受け入れさせたのだ。疲労やだるさはどうしようもないが、腰の痛みや筋肉痛は普段よりも少ない筈である。
と、腕を掴む力が更に強まるのを感じ、神田は痛みに眉を顰めた。
「…おい」
「………、……よ」
「あ?」
聞き取れず神田が聞き返せば、アレンは不意にがばっと顔を上げる。
「…っ、だから! 神田が散々しつこくしてくれた所為で腫れてるっぽいんですよ!!」
真っ赤な顔で睨み上げられながらの叫びに神田は思わず目を丸くした。そんな神田の反応で我に返ったらしく、アレンははっと目を瞠ると、かあぁ、と更に頬を染めて慌てて枕に突っ伏す。
「…………」
白い髪から覗く染まった耳を眺めながら、神田はしみじみと思った。
(……かわいいじゃねェか)
可愛いだなんて表現を使うのは、きっと後にも先にも目の前のこの白い子供だけだろう。
己の思考の末期加減に内心で嘆息しつつ、成程激しく出来ない鬱憤を回数で晴らしたのが原因か、と神田は頷く。流石に何処が腫れているのか、と訊く程野暮ではない。お前もノリノリだったじゃねェか、とも言わない。沈黙は金。
神田は掴まれた腕をそのままに、空いた方の手を伸ばして白い髪を梳いた。赤くなった耳を指先で擽り、宥める様に掌で髪を柔らかく撫でる。
「……ひりひりするんですけど」
「ああ」
「中も、なんか、じくじくするし」
「そうか」
ぽつぽつと零される拗ねた様な声色に神田は小さく笑った。
どうして欲しい、とあやす様に問えば、目許を染めたままのアレンから銀灰の視線がちらりと向けられる。
「…お腹空きました」
「食いたいもん書け。取りに行ってやる」
「甘いものも食べたい」
「飯と一緒に注文してやる」
「お風呂入りたい」
「飯の後にな」
「髪も洗って下さい」
「解った」
他には、と神田が促すと、腕を掴んだままのイノセンスの左手がそっと解かれた。と、その手はそのまま神田の手へと滑り、指を絡める様にして繋がれる。
白い頬が、鮮やかに、赤い。
「………今日は、ずっと一緒に居て」
恥ずかしげに視線が逸らされながらの言葉に、神田はふっと小さく微笑んだ。
かわいいじゃねェか、とまた思う。染まった頬を指の腹で撫ぜれば、アレンの肩がぴくんと小さく跳ねた。
溺れている。
機嫌取りに一日費やす事を何とも思わない位に。
散々甘やかせて、自分に溺れさせようとする位に。
溺れているのだ。
感情に、そしてその存在に。
驚く程の己の変化に密かに笑いながら、神田はゆるりと身を屈めて熱を持つ頬へと口付ける。
「―――仰せのままに」





さぁ、今日一日下僕と成り果てようか。





- End -





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日記で「男同士の場合、腰より先に接続部分の方が痛くなりそうだよね!」と呟いてみたら、来るわ来るわ萌え反応!
そんな訳で書いてみました。色々あって時間掛かっちゃったけどね…。

ていうか、新年初っ端からこれって……うちの神田さんの今年一年の行く末が定まってしまった様な気がするのは私だけ?(笑)



(2011-01-01)

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