少年がこの子供と砦内でばったりと会ったのは四半刻程前。こんな所に何故子供が、と当然浮かぶ疑問のままに問うてみれば、何やら子供が住む村の少女がこの砦を根城にする盗賊達に攫われたらしく。果敢にも救出に来たと主張する子供に、こんなガキまで入り込めるなんて一体どういう警備してんだ此処の盗賊は、と頭を痛めつつ、とにかく隠れてろ、と説得している内に盗賊達に見つかり、子供を抱えて増改築されている砦内を逃げ回っている内に迷ってしまったりしたのだが。
「だからそのリーナは俺が見つけてやるから」
「だめ! そしたらリーナ、にーちゃんにほれちゃうじゃん! にーちゃんかっこいいもん!」
むぅ、と唇を尖らせながら主張する子供に、少年はきょとんと小首を傾げた。
「惚れちゃうって……婚約者じゃなかったのか?」
「こんやくしゃだよ! 今よりもっとかっこよくなったら、けっこんしてあげるって言ってくれたもん!」
「………因みにリーナって幾つだ?」
僅かに沈黙してから少年が問うと、子供は元気良く「十七さい!」と答える。
「それは、もしかしなくともはぐらかされてるだけなんじゃねぇか…?」
それにしても最近の子供はませてんなー、と少年が溜息を吐いていると。
「誰だ? 開けっ放しにして…」
ふと少年のものでも子供のものでもない声が部屋に響き、二人はぴしりと固まった。同時に、開けっ放しだった扉から室内を覗き込んだ盗賊の一人も固まって。
「―――み、見つ」
見つけた、と言い切る前に床を蹴った少年に思いっきり蹴り飛ばされ、盗賊は壁に激突して床に沈み込む。気絶したらしい男にほっと息を吐いたのも束の間、廊下の向こうから怒声が近付いてくるのに気付き、少年はちっ、と舌打ちして子供を抱え上げた。そのまま走り始める少年に子供は楽しげに話し掛ける。
「かくれなくていいの?」
「あそこじゃ見つかっちまうからな」
偶に出会う盗賊達を薙ぎ倒しながら少年は人気の無い方へと暫し走り続けて。
しかしふと何かに気付いた様に眉を寄せると、後少しで廊下の角、という所でぴたりと立ち止まった。
「にーちゃん?」
子供が呼び掛けるも反応は無く、前を見据えるのみ。
やがてざわざわと怒声や話し声が聞こえ始め、廊下の角から十数人の盗賊達が姿を現す。流石に怯えた風に子供が少年の細い首に縋ると同時、少年達を追い掛けてきた盗賊達がその後ろに立ち塞がった。
前も後ろも退路を絶たれた状況に、少年がその紅い瞳を僅かに細める。
「…ったく。手間掛けさせてくれたもんだな」
手に持つ剣で肩を叩きながら、少年の前に立つ男が呆れた風に呟いた。
「さて、どうする。抵抗か、降参か? まぁ、この人数を相手にするなんてのは阿呆のする事だと思うがね」
それとも、と男が続けて。
「お前さん、俺等の仲間になるかい?」
軽く問われた誘い文句に少年がきょとんと目を瞬かせる。肩を竦め、小さく苦笑して男を見返した。
「こんなガキを誘う位に人員不足なのか? 此処は」
「少なくとも半分以上は、誰かさんの所為で暫く使えねぇな。第一お前さん、只のガキじゃねぇだろう」
にやりと笑む男を暫し見つめ、やがて少年は一つ溜息を吐いて腕の中の子供を床に下ろす。不安げに見上げてくる子供の頭を撫ぜて男に再び顔を向け、とんとん、と手に持つ武器で肩を叩いた。
「悪ぃが、あんたみたいに賢そうな悪人と組むのは好きじゃない」
必要ならそうするがな、と続け、ふとその視線を流す。
紅い瞳に映るのは開き曝しの窓の向こうの、青空。
「それに」
そのままにぃ、と口の端を上げて不敵に笑んで。
「迎えが来たんでね」
その時、男と少年の間を何かが横切った。
男が自然視線を移したその先には、床へと舞い降りた黒曜の羽色を持つ鳥。
何だ、と男が目を細めるが早いか、その向かいに居た少年は鳥が嘴に咥えているある物に気付き、さあっと顔色を変える。慌てて自分の横に居る子供を再び小脇に抱え、窓へ向かって床を蹴った。
「あ、―――おい!? 此処三階っ…」
「手前等も早く逃げろっ!」
引き止めようとする盗賊達に言い捨て、少年は窓から身を躍らせる。
直後、鳥が咥えている『大爆発』の札が発動し、辺り一帯に爆発音が響き渡った。
からり、と焼け焦げて床に落ちた壁の残骸を爪先で蹴り、三つ編みの少年は比較的原型を留めている砦内の廊下を見回した。
衝撃で吹き飛び折り重なった盗賊達の中にはどうやら死者は居ないらしく。幸運だな、と思いつつ少年は鳥が留まっている窓へと歩み寄る。
そのまま窓枠に頬杖を突いて下を見下ろし、くすり、と楽しげに笑んだ。
「何だ、焦げてない」
「……ルック……」
窓枠に掴まりぶら下がった状態で、黒髪の少年は怒気を含ませた声で呟く。ルックと呼ばれた三つ編みの少年はその声に更にくすくすと微笑い、黒曜の鳥はそんな様子を見上げてきょとんと首を傾げた。
と、ふと黒髪の少年が小脇に抱えている存在に気付き、ルックは不思議そうに問い掛ける。
「カイン、何? その子」
「婚約者を救出に来た果敢な勇者殿」
軽く答え、カインと呼ばれた少年はパス、と先程の衝撃で気絶した子供を頭の上まで持ち上げた。ルックがそれを受け取った事を確認すると、ひょいと軽い動作で窓までよじ登る。
「あの案内人どうした?」
焼け焦げた廊下を見回しながらカインが問えば、ルックは子供を抱え直しながら肩を竦めて。
「襲ってきたから吹き飛ばした。多分まだのびてると思うけど」
「それは嬉しい限り。ついでに此処の奴等、どうも人身売買にまで手ぇ出してるみたいだぞ」
「へぇ、ギルドにしては珍しく失態が多いね。人員不備に情報不足か」
「そうだな。けどこれで…―――と」
ばたばたと聞こえてくる足音にカインが口を噤んで視線を流した。ルックも同じ方向へと視線を移す。
「八…十一人か。これで此処の奴等は全部かね」
「そうだね。行ってらっしゃい」
「……―――って俺か!?」
「そうだよ。迷子は回収したし、僕の仕事はもう終了」
振り向いて叫ぶカインに、ルックはしれっと返して彼に顔を向けた。
「報奨金一割増の為に、精々頑張って」
にっこりと何処か楽しそうに微笑まれ、カインはがっくりと肩を落とす。
「……ハイハイ。全員誠心誠意込めてぶっ倒させて頂きますよ」
諦めた様に呟いてカインが床へと飛び降りた。
いよいよ近付いてくる足音と怒声。とん、と手の武器で軽く肩を叩き、カインは彼等の姿が見えるのを待つ。ルックはそんな彼の姿を眺めながら、腕の中の子供を慣れた仕草で再び抱え直して。
「居たぞ!!」
その叫びが空気を震わせた瞬間。
二人の少年は同時にふ、と口の端を上げ、素晴らしく綺麗な微笑を浮かべた。
Next≫
△Index