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面と向かって初めて言われた言葉は、「宜しく」。
二言目は、「それで、何処に持っていけば良いの?」。
………簡潔な人だなぁ、とその時は逆に感心したものだ。
「……此処?」
「うん。どんな意図で寄越されたにしろシュクセイの象徴には変わりないから、目立つ所に置いた方が良いって、シュウさんが」
所で、シュクセイって何?
場所は新同盟軍の本拠地になったばかりの建物内のホール。がらんとした其処でエルが首を傾げれば、問われた少年はその翠蒼の瞳をちらりとエルに向けた。
こんな硝子の様な瞳は初めて見た、とエルは密かに思う。
否、瞳だけではない。人形の様に整った外見、見事とすら思えてしまう完璧な無表情。それらはエルが生きてきた中で、まずお目に掛かった事の無いものだ。
「…宿る星、と書く。君を含めて百八人居る、君が集めるべき人々の事」
「僕が? どうして?」
「君が天魁星だから」
「てん……何?」
「天魁星。天地全ての星の頂であり、道を創り示す存在」
律儀にエルの問いに逐一答えた後、少年は口の中で小さく何かを呟いた。
次の瞬間目の前にふわりと出現した大きな石板に、エルは驚きも露にぎょっと目を瞠る。この石板は確か、大広間に置きっ放しにしてきた筈だ。
「本当に此処で良いんだね? 一度決めたらもう、終わるまで移動させたくないんだけど」
「あ、う、うん」
ぎこちなく返された頷きを見届け、少年は目の前の石板へと向き直った。そっと両手の指先を石板に伸ばし、すぅ、と息を吸う。
何をするのか、とエルが怪訝に見守る中、ふわりと少年の服の裾が揺らいで。
「魁と礎による、此の地と約束の契約を求むる」
「……っ…!?」
――――きぃ、ん――――。
不意に襲ってきた耳鳴りに、エルは反射的に息を詰めた。
はっと見遣れば、石板が淡く輝いていて。唖然と見つめるエルの視線を余所に、少年は更に透る様な声で続ける。
「我はルック。天間の星を頂く者。石板守の役を背負い担う者。その宿業の元、魁の代理と為りて―――…」
ふと、少年の声が途切れた。
あれ、とエルが瞬いていると、少年は暫し思案した後淡く輝いたままの石板を見上げる。しかしすぐに軽く眉を顰めたかと思えば、くるりと首だけでエルへと振り向いた。
「なまえ」
「へ?」
「名前、教えて」
「……エル、だけど」
確か一度名乗らなかったっけ、と思いつつエルは石板を見上げる。確か自分のものも含め幾つかの名前が刻まれていた記憶があるが―――成程、淡く輝いている今、それらは判別の仕様がない。
「苗字は?」
「持ってない」
あっさりと答えるエルに頷き、少年は石板に向き直った。
ゆるり、と再度口を開いて。
「―――天魁星エルの名の元に、此の地を百八の星の集う器とせん」
少年が言い終えた直後さぁ、と広がった光にエルは咄嗟に目を瞑る。
「……っ…?」
暫しの間の後恐る恐る瞼を上げれば、其処には何一つ変わりない光景が広がっていた。石板も淡く光るのを止め、只、其処に落ち着いている。
「い、まの……何?」
「天間星が天間星として自覚している時のみ与えられるおまけ、みたいなものかな」
唖然とした問い掛けに少年がさらりと答えた。エルがつられる様に視線を向けると、少年はそれに視線を返しながら言葉を続ける。
「先刻ので、この本拠地には弱いものだけど結界が張られた。この結界は石板と、僕と、僕の魔力を通して、僕が君の天間星である限り機能し続ける」
後で直にもう一つ張るけどね、と続け、少年は石板へと背を預けた。
「これで少なくとも、本拠地に関しては紋章に対して杞憂する必要は無くなるよ」
「……何で、其処までしてくれるの?」
そのまま目を伏せて会話を終わらせようとした少年に、エルはぽつりと問い掛ける。
伏せられ掛けていた翠蒼の双眸が、ちらりとエルに向けられた。
「だって、君は此処に来たばかりで。幾ら師匠の命令だからって」
「僕は、天間星だから」
エルの怪訝な声を、少年の静かな声が遮る。
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