009:おひるごはん
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目を覚ますと同時に人の顔が至近距離にあったなら、それが幾ら見知った相手といえど流石に普通は驚くものだろう。
「…………、……何やってんだ」
暫しの硬直の後、何とか驚愕を飲み込み神田は掠れた声で問うた。と、神田の寝顔を覗き込んでいたらしい白い子供は、ぱちりと一つ瞬いてから柔らかに頬を緩ませる。
「起きました?」
質問に答えてない。
神田は即座にそう思ったがそれを口に出す事はなかった。溜息を吐いて起き上がり、乱れた髪を背に払う。
ちらりと窓に視線を向ければ其処から差し込む光はそこそこ傾いていて、少なくとも随分前に昼は過ぎているであろう事が窺えた。神田が任務を終えて帰還したのが夜明け頃だったから、それなりの時間眠っていたらしい。
「神田が帰ってきてるって聞いたから、一緒にお昼ご飯食べようと思って」
ぼんやりとしたまま神田が現状の把握に努めていれば、横にちょこんと座るアレンがふと口を開いた。
それにそうかよ、と頷こうとして、しかし神田はその前にはて、と小首を傾げる。
「……今、何時だ」
「時間ですか? ええと……二時三十八分です」
ポケットから懐中時計を取り出し答えるアレンに、神田は半ば呆れた様に視線を向けた。漆黒の瞳を受け止めアレンは不思議そうに瞬く。
「…待ってたのか」
起きるのを、とは口に出すまでもないだろう。実際、アレンはうん、とすぐさま頷いた。
その躊躇ない様子に神田はもう一つ溜息を零す。
アレンが神田に我侭を言ったり、何かを強請ったりするのはしゅっちゅうだ。だが、アレンは同時にそんな気質とは真逆の聡さも持ち合わせていた。
本当に我侭な人間ならば、任務から帰還したばかりという状況など気遣う事なく自分の望みのままに神田を叩き起こすだろう。しかしアレンは決してそれをしない。
恐らくそれは、過去生きていく上で培われた性質なのだろう。昼食を一緒に食べたくて部屋を訪れて、けれども神田が眠っていれば起きるまで静かに傍で待つ。例えそれが自分が何より優先させたい食事という事柄であろうとも、相手が重荷と感じる様な事はまずやらない。
許容と負担の微妙なラインを見極める―――アレンはそういう事の出来る人間だった。
「腹減ったか」
決まりきった事を訊けば、アレンは再びうん、と頷く。
そんな白い子供の頬を親指の腹で撫ぜ、擽ったそうに目を細めるのを一頻り眺めてから神田は床へと足を下ろした。そのままくしゃりと白い頭を撫ぜながら立ち上がる。
「顔洗って着替える。待ってろ」
軽く乱れた髪を押さえながら、アレンはきょとんと銀灰の瞳を瞬かせる。
ややあってその顔に浮かんだ嬉しそうな笑顔に見送られ、神田は部屋に備え付けられたシャワールームへと向かった。





- End -





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アレンたまにとっての我侭はオカンダさんにとっては我侭でない、というお話。



(2010-02-22初出)

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