010:海
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ざざん、と独特の音が空気に溶ける。
波打ち際のすぐ傍にしゃがみ込み、アレンはころころと転がる金色をじっと見つめていた。
ティムキャンピーは先程からずっと打ち寄せ引いていく波に身を任せている。たまに波に浚われあっという間に彼方へと行ってしまいそうになるが、そうなるとふわりと飛び上がりまた此方に戻ってくるので、多分波によって砂の上をころころ転がるのが楽しいのだろう。
その様子を眺めながら、海に入りたいかも、とちょっとした願望がアレンの思考をふと掠めた。
状況的には問題ない。此処は南方で、気温も温かくて、任務も終わっていて現在は列車待ち。外れの任務だったからイノセンスも持っていないし、左目が反応していないという事は近辺にアクマもいない。ブーツを脱いで足を浸す位なら許される範囲だろう。
しかし、唯一の問題がアレンから少し離れた背後に居た。
もし海に入りたいと言えばきっと笑われるだろう。ガキ、と嘲笑されるに違いない。
それは嫌だ。というかムカつく。
大体そのガキと普段同レベルな喧嘩をしてるのは一体何処の誰だコノヤロウ。
そんな風に、視線を落としたままあらぬ方へと思考を向け始めていたアレンは気付かなかった。
ざん、と一際大きな音が、響き渡った事に。





◇ ◇ ◇





「…………」
ぼたぼたぼた、と零れ落ちる雫は、半端ない量だ。
え、なに。
唖然としたまま無意識にそう思うも、アレンは我が身に降り掛かった災難をちゃんを認識していた。
うっかり思考に耽っている間に一際大きい波が来て。
すぐ其処にまで迫っていた波を避ける術を持たず、というか避ける事すら思い付く暇もなく。
そのまま、さばんっ、と。
「………ぶっ…!」
不意に背後から聞こえてきた声にアレンがのろのろと顔だけで振り返れば、木に凭れ掛かった体勢のまま、思いっきり顔を背けて口許を手で押さえ、肩を小刻みに震わせている姿が確認出来た。
明らかに笑っているらしいその様子に、アレンは怒りよりも先に呆気に取られる。―――こんな風に、あからさまに笑う姿を見るのは本当に珍しい。
笑いが止まらないらしいその姿からゆっくりと視線を上げて、アレンは何となく空を見上げた。青い。晴天だ。
次いで顔を戻す。其処には海。広がるのは空とは似て非なる色。鮮やかな、青。
アレンはそれらを暫し見つめた後、やがてまぁ良いか、と笑われた自分を許容する事にした。そうしてよし、と勢いを付けてすっくと立ち上がり、濡れた砂を蹴って海とは逆方向へ駆け始める。
「神田!」
ねぇ、空も海も気持ちが良い位にとても青いから、災難に遭った僕を笑った事は許してあげる。
だから。





(海水でびしょ濡れの僕がキミに抱き付く事も、許してね?)





- End -





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甘い…かな?



(2010-02-21初出)

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