「ル、ル、ルック君〜!」 解放軍の幹部等が顔を突き合わせる軍議の時間。真剣に交わされる話し合いを、間の抜けた可愛らしい声が唐突に遮った。 目を丸くする面々を他所に、ノックもせずに入室したビッキーはパタパタとルックに駆け寄る。 「大変、大変だよ〜」 「ちょ…ちょっと! 一体何…」 名指しされぎょっとしたルックは、傍に寄ってきた少女にもっと顔を引きつらせた。が、すぐに我に返り、呆けっと見守るだけの大人達を睨み付けつつ、わたわたと慌てる少女を宥めて詳しく聞き質そうとする。 「少しは落ち着きなよ。何が大変なのさ」 「あのね、来るよ〜」 「来る?」 「来るの」 何が、とルックの唇が動こうとした瞬間。 「…―――ッ」 その翠蒼の瞳が大きく見開かれるが早いか、ルックは慌てて部屋の奥に陣取っていたリオを振り向いた。 「リオ!!」 尋常では無いその様子にリオが咄嗟に立ち上がる。が、直後頭上に魔力の波動を感じ、反射的に顔を上げれば。 「え」 「…あ」 ――――視界に飛び込んできたのは、何処までも何処までも鮮やかな、紅――――。 「…っうわっ!」 「だっっ!」 見惚れていた所為かうっかり避け損ね、頭上に現れた人物共々リオはどさどさっと床に倒れ込んだ。強かに打ち付けてしまった後頭部に眉を寄せつつ、それでも自分の上に倒れ込む相手を確認しようと上半身を起こす。 そして視界に入った目の前の人物に、そのまま固まった。 「リオ!」 「リオど…!?」 その頃になって漸く動き始めた周囲も、目の前の光景を認めるや否や同じ様に固まる。 暫し沈黙が訪れて。 どの位時間が経ったのか、静寂を破ったのはルックの再びの叫びだった。 「―――っ、リオ!」 はっとリオが顔を上げる。それとほぼ同時、彼の右手がどくりと脈打った。 「……え」 直後、闇色の風が室内を吹き荒れる。 「なっ…?!」 慌てて右手を押さえるも、部屋を荒らす昏い暴風は止まらない。それどころか急激に失われていく魔力と体力、そして右手から侵食し始める激痛と倦怠感に、リオの顔が苦悶に歪んだ。 焦った表情のルックが慌てて手を伸ばす。 が、その手が届くより先に、リオの右手に長い指が触れて。 「……五月蝿い」 耳に届いたそれは、やけに静かに響く声だった。思わず痛みも忘れて顔を上げると、リオの瞳に映った紅い瞳の彼は、そっと右手で彼の右手を包み込む。 ふわり。そのまま柔らかい動作で身を屈めたかと思うと、手袋越しのそれに口付けて。 「大人しくしてろ、―――ソウルイーター」 その囁きが零れた途端、室内を暴れ狂っていた風が嘘の様にあっさりと止んだ。 同時に消えた、自分の身に圧し掛かっていた様々な圧力に、脱力したリオの体がぐらりと揺らぐ。 「おっと」 「…っあ、…ありが、とう」 己を支えた細腕に掴まり、リオは礼を述べながら体を起こした。と、ふと視界に入った彼の右手にそのまま目を奪われる。 其処にあったのは、紋章だった。 普通の紋章ならば問題はない。しかしそれは、世界に散らばる二十七の真の紋章の一つ。リオもよく知っている、魂喰らいと称される―――。 「……っ」 固唾を飲み、リオは恐る恐る右手の手袋を外した。常に巻いている包帯も解き、現れた甲に浮かぶ紋章に、何故だか安堵を感じてほっと息を吐く。 もう一度彼の紋章を見、自分のものと寸分違わぬそれに、茫然と顔を上げて。 「……きみ、は…、―――誰?」 ぽつりと問うと、彼は少し困った様な顔をした。バツが悪そうに頬を掻き、軽く小首を傾げる。 「………カイン」 紅の瞳は、何処までも達観した色で。 まるで何もかもを見透かす様な、そんな。 「カイン=マクドール」 その声は、やはり静かに耳に響いて、解けた。 Next→ ======== カイン様登場。 カインルクの設定を把握してなくても読めると思います。 ×Close |