「あれ。あそこに居るの、カインじゃん」
唐突な訪問から二週間程経った、柔らかな風の吹く午後。ふと零れたシーナの呟きに、リオは船から降りるのと同時に顔を上げた。
視線を巡らせると、成程。確かに少し離れた桟橋の端に腰掛けているその姿はカインのもので。
「本当だ、何してるんだろう」
「釣りだろ。釣竿持ってるじゃないか」
とん、と船から降り立ったルックが淡々と続ける。その様子にリオが軽く首を傾げた。
この遠征に発つ前から、ルックのカインに対する態度が少し妙で。
まるで、敢えて興味を無くそうとする様な、けれどどうしてもそれが出来ない様な。そんな様子のルックに、何かあったのかな、と生来の勘の良さでリオは考える。
しかし幾ら考えても答えは出る筈も無く、溜息を一つ吐いて再び視線を向ければ、丁度カインがバケツと釣竿を持って立ち上がる所だった。視線に気付いたのか顔を上げ、微笑を浮かべてひらりと釣竿を持った手を振る。それに手を振り返して歩み寄り、リオは同じく近付いてきたカインの持ったバケツを覗き込んだ。
「お帰り」
「只今。で、何でまた釣りなんかやってるの?」
「あー…、実は一昨日からお客さんが来ててだな」
「お客?」
それで何で釣り? と、三匹程魚が泳ぐバケツからリオが顔を上げる。
「マッシュと相談して、出来るだけ一人で居た方が良いって事になったんだよ。いつでも…」
その時、地面に落ちていた葉がかさり、と鳴った。
リオの蒼い瞳とカインの紅い瞳がすうっと細まる。
「…―――歓迎出来る様に」
ざざっと複数の足音が二人の周囲で響いた。次の瞬間には十数人の人間に囲まれた状況で、リオはぽん、と掌を叩く。
「成程。本物かどうか判らなかったんだね」
顔はそっくりだけど名前は違うし。
それでなくても仕事しないでお菓子作ってばっかだし。
「面倒臭いからどっちも殺っちゃえ、って所かな。これは」
「だろうな。というかずーっとストーカーだぞ、ストーカー。風呂にまで」
「あ、御免ね。もうちょっと早く帰れば良かったね」
「いや、それは良いんだけど」
「って、そんなほのぼの会話繰り広げてる場合かーっ!!」
びしいっ! と二人を指差してのシーナの叫びに、カインとリオはぱちぱちと瞬いた。それと同時、周囲を取り囲む暗殺者達が動き出して。
「それもそうか」
そう呟いたカインがバケツを持った左手を振り上げる。手から離れ、遠心力に従って勢い良く跳んだバケツは、がんっと良い音を立てて暗殺者の一人の顔に激突した。顔にバケツをめり込ませ、男は水飛沫を上げて湖に倒れ込む。そしてぱしゃん、と控えめな音を立てて湖に飛び込む魚が三匹。
はっ、とカインが目を見開いた。
「―――って、しまった今夜の塩焼き!!」
シーナがずっこけ、ルックがかくんと肩を落とす。
塩焼きより煮付けが良いなぁ、とか思ってるのはリオ。
「っと」
ひゅん、と空気を切る刃を屈んで躱し、リオは地面を蹴った。目の前の男の懐に飛び込み肩を掴んで引き寄せ、瞬き一つ後には膝は男の腹に。屈み込んで倒れようとする男を突き飛ばし、後ろに突き出した棍は斬り掛かろうとしていた暗殺者の眉間に正確に打ち込まれる。右足を軸に、眉間への衝撃によろけ掛けていた暗殺者の首に回し蹴りを叩き込み、湖面に落ちる体には見向きもせず再び地面を蹴った。
その時、ふとリオの目に入ったのは―――獲物代わりにでも使ったのか―――真っ二つに折れた釣竿を放り投げるカインの姿。
彼はそのまま振り下ろされる剣を避けようとして―――けれど何故か、胸を押さえてぴたりと止まる。
「…カイン?」
近付く刃。しかしそれに気付いているのか居ないのか。カインは胸を押さえて固まったまま。
「―――ッ、カイン!」
焦りを含んだ声でリオが叫んだ。
くすり。
ゆるり。
形の良い唇が、楽しそうに、微笑う。
「……………来た」
ひくり、とルックが息を詰めた。
神経に触れる様な。いつか感じた事のある揺らぎ。
それが、また。
「……ッ…!?」
ざわりと騒ぎ始める紋章に、ルックの左手がぎゅうっと右手を握り締める。
かしゃん、と。
カインに振り下ろされた剣が、音を立てて地面に滑り落ちた。









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戦闘中に緊張感の無い会話が交わされたりするのが大好きです。


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