「………あれ?」
間抜けな声を出して、カインはぱちぱちと目を瞬かせる。
いきなり其処に現れた者達に、周囲も呆気に取られた様に固まっていた。
「何だ? その間抜けな声は」
さらり、と焦げ茶の髪が揺れる。
先程カインに斬り掛かろうとしていた男を沈めた双剣の片割れをチン、と収め、海色の瞳の少年は小首を傾げた。その横には黒髪の、少女。
「いや、何であんたが来んの?」
「僕は補整だ」
くい、と海色の瞳の少年が顎で示すと同時、少女がたっと駆け出しカインに跳び付く。慌てて受け止めるカインの胸に、半泣きの顔をぐりぐりと押し付けて。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい〜! 私がくしゃみなんかしちゃったから〜」
「……判った判った。次からは気ぃ付けろよ」
泣きべそをかく少女に苦笑し、カインはぽんぽんと黒髪を撫でた。顔を上げて少年に向き直る。
「あいつは?」
「向こうでチビッキーの方の補整。道を固定したら来ると言ってた」
「…チビッキーって言うとまたどつかれるぞ」
「僕は久し振りに気配を感じたから寄ってみれば、有無を言わさずあれに捕まったんだ。全く、本当に良い奥方だな」
「無視かい。っていうかそれは嫌味か? 褒めてんのか?」
「一応褒めてるつもりだけれど。所で僕はもう働かないぞ」
「は?」
何が、と呟くが早いかカインはその気配に気付いて振り向いた。其処には自分に向かってくる暗殺者が一人。
「…っ、カイン!!」
我に返ったリオが叫ぶ。それと同時にカインは行動を起こした。
少女を庇いながら軽く右手を振るう。傍目にはそれ以上何かした様には見えなかった。が。
「………え」
ぐらり。カインに向かっていた男の体が突如揺らぎ、そのまま地面に倒れ込む。ばたばたと幾つもの音が聞こえ、リオが慌てて振り向けば、其処にはまだ全ては倒してきってなかった筈の暗殺者達が全て地に伏していた。
「おし。復活」
背後から聞こえた楽しげな声に、リオは唖然と振り向いて問う。
「…何、したの?」
「殺してはいねぇよ。こっちの魂は喰えねぇからな。生気頂いただけ」
やろうと思えばお前も出来るぞ。
そう続けられ、リオはそっと右手に視線を落とす。
―――本当に、いつか自分もあんな風に出来る様になるんだろうか?
「……まあ、良いや」
僅かな沈黙の後、息を一つ吐いてリオが顔を上げた。他にも訊きたい事は幾つもある。
「ええと、それで…。…その娘は……ビッキー、なのかな?」
自分の良く知る天然暴発娘に酷似した少女に視線を向けて問えば、彼女はほにゃりとほのぼのとした笑顔を浮かべた。
「初めまして、カインさん」
「ビッキー、違う。カインは俺。こっちはリオ」
「? でも、カインさんはカインさんですよ」
「いや、リオだから」
「リオさんですか?」
「そう」
確かにビッキーらしい。
目の前で繰り広げられる会話に納得し、リオはこくりと頷いた。
「じゃあ、そちらは?」
カインの後ろで佇むもう一人を示すと、海色の瞳の少年は数歩歩み寄り、リオをまじまじと見つめる。
「成程。結構違うものだな」
「こいつはリン。こっちのこいつと今のお前は、多分会った事は無ぇと思う。これから会えるかどうかも知らない。真の紋章持ちで、元天魁星」
リオの瞳が吃驚した様に僅かに見開いた。
「本当に?」
「本当。で、茶飲み酒飲み友達。兼、菓子の試食相手」
「兼、チェスの勝負相手。今の所486対479で僕の優勢」
「其処。バラすな」
じとりとリンを睨むカインにリオがくすくすと微笑う。また違う一面を見れた気がした。
「君の紋章は何なの?」
何気無しにリオが問うと、リンはふるりと首を横に振る。
「知らない方が良い。今の君に無い筈の情報を仕入れれば、それだけ君の進む道を曲げる可能性が増えるだけだ。特に星に選ばれた者なら、尚更。他愛も無い事ならともかく、紋章の種類などという重要な情報は、な」
「そうだな。それに、俺はある意味お前の未来でもある訳だから。先の事を知るのはそんなに良い事じゃない」
な? とカインに小首を傾げられ、リオは苦笑気味にそうだね、と返そうとした。しかし。
「ル、ルック!? おい!」
後ろからのシーナの叫びにそれは遮られる。反射的に振り向いたリオは、シーナに支えられて蹲るルックの姿を認めるや否や、咄嗟に駆け出していた。カインとリンもそれに倣う。
「ルック!」
蹲るルックを受け取り、リオがその顔を覗き込んだ。脂汗を浮かべ、青褪めた顔に苦悶の表情を浮かべるルックに、慌てた風にシーナに向き直る。
「一体何があったの?」
「わ、判んねーよ。いきなり蹲ったと思ったら、もうそんな状態で…」
と、その時遠巻きにルックの様子を眺めていたリンが、ぽんと手を打って。
「ああ、そういえば伝言を預かっていた。そっちのルックのフォロー宜しく、だそうだ」
「遅いんだよ阿呆っ!」
思いっきりリンに突っ込み、カインが膝を突いてルックの髪を掻き上げた。その様子を見つめて目を細める。
「どういう事だ?」
「今は、二人のビッキーによって世界を繋いでいる状態なんだ」
といっても影響を及ぼすのはビッキーの居るこの近辺だけだが。
そう続け、リンは腕を組んで。
「ビッキーは元々こういう事に慣れているから除外。お前達二人はこの二週間の間で馴染んだだろうから、やはり除外。僕は……何ともないという事は、こちらの世界の僕は今、この近辺には居ないんだろう。問題は…」
「――――『ルック』か」
苦々しいカインの呟きにリンが頷きを返した。
「もし向こうの僕が僕と『同じ』なら、年齢によってはちょっと拙い事になるかも―――だ、そうだ」
ちっ、とカインが小さく舌を鳴らす。
「何処がちょっとだよ」
「カイン、どういう事?」
真摯な瞳で問うてくるリオに、カインは困った風に肩を竦めた。
「状況自体は大した事じゃない。お前の時みたいに、紋章の反発を抑え切れてないだけだ。只…」
「只?」
「………いや、何でも無い」
一瞬言い澱んだ後首を振り、カインはルックの顔を覗き込む。苦しげな翠蒼の瞳がのろりと向けられて。
「自分で何とか出来ねぇか?」
「……や、…れるなら……とっくに、やってる…」
「…だよな」
仕方無ぇな、とカインは溜息を一つ。
長い指がルックの顎を取り、顔を上げさせた。
「え」
漏れる呟きはリオの物。
近付く紅い瞳、肌に感じる息遣いにルックの瞳が見開かれる。
そして唇同士が。
「…………何やってるの?」
――――触れ合いそうになる直前、呆れた様な声が少し離れた所から掛かった。









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ルックと思わせ4様登場。


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